そこで「犬よりも嗅覚が発達した線虫も、がんの嗅ぎ分けができるのではないか」と考えた。シー・エレガンスなら土の中にいくらでもいるし、簡単に増やすこともできる。

 がんがあるかどうかを調べるとなると、人間から容易に採取できる「嗅ぎ分け用の何か」が必要だ。候補として挙がった血液と尿のうち、より簡単に苦痛なく採取できる「尿」に着目。期待を込めて尿を垂らしてみたが、はたして線虫はほとんど反応しなかった。

 しかし廣津さんはあきらめなかった。これまで積み重ねてきた膨大な基礎研究の結果から、線虫のにおいの好みには「においの濃さ」が大きく関わっているとわかっていたからだ。

「においは『いいにおい』と『嫌なにおい』に大きく分けられます。例えばジャスミンやオレンジの花はいいにおいがしますが、これはインドールというにおい成分が薄まった状態で花に含まれているから。しかしインドールは濃い状態だと、ウンチのにおいがするんです。香水だってスプレーでふわっと霧状にすればいいにおいですけど、原液のままだとむせ返るような強烈なにおいがしますよね。尿も薄めれば、線虫が好むにおいになるかもしれないと考えました」

 さまざまな濃度に薄めた尿で実験を繰り返したところ、線虫は10倍に薄めた尿のにおいを最も好むことを突き止めた。

「線虫ががん患者の10倍希釈の尿に寄っていったときの感動は、忘れることができません」

AERA 2015年9月7日号より抜粋