春爛漫。桜の下で和歌を詠もうと現れた美少年と、そんな彼を幔幕(まんまく)の陰から一目見たい、と押し寄せる女性たち。

「ちょっと、あそこにイケメンがいるわよ!」

 という声が聞こえてきそうなこの絵は、18世紀後半に描かれた「桜下詠歌の図」(勝川春章)。韓流スターやジャニーズへの熱狂を連想させる、イケメンへの熱い関心が、江戸時代からあったことを伝えてくれる一枚だ。

 この絵が展示されているのは、東京都渋谷区の太田記念美術館で開催中の「江戸の美男子」展。前髪立ちの美少年から、身近にいそうな物売りのイケメン、頼り甲斐のある肉体派まで。江戸時代の美男子=イケメンをズラリと集めた浮世絵展だ。
 
「浮世絵といえば美人画の印象が強く、男性に絞った展覧会は、これまでなかったのです。実際には、物売りや火消しなど美男子も、浮世絵の中では描かれています。そこには当時の人々が憧れた男性美があらわれているはず。今回はそうした美男子を通して、新しい江戸時代の美意識にスポットを当てたいと考えました」(太田記念美術館・赤木美智氏)

 一口に江戸のイケメンと言っても、その時代によってもてはやされるタイプには違いがある。

 まず、最初に登場するのは、若衆と呼ばれる前髪を残した若者だ。戦国時代、武将たちが見目麗しく武勇にも優れた小姓を近くに置いた名残が見て取れる。今回、初展示となる「風俗画帖」(肉筆画)は美少年たちの日常生活をテーマに、着物や器物の意匠まで緻密に描きこまれている。ジャニーズ・アイドルのプライベートを覗き見したい現代の追っかけ心にも通じる目線かもしれない。

 江戸も中期になり、商業が勃興し、町人たちが台頭してくると、浮世絵にも町人のイケメンが現れるようになる。中でも目に付くのは一般庶民の男性たちだ。当時の最先端ファッション発信地であった吉原で、花魁(おいらん)たちにモテまくる「通」「粋」と呼ばれる男たちが注目を浴びた。

 歌川豊国が描く「春の吉原」では、右の花魁の隣に、しゃれた装いの通人がいる。だが表情は少々不安げ。それもそのはず、ひいきの花魁をはじめ、女たちの目は、中央のかつぎ屋の若者に釘付けなのだ。

 花の吉原で働く、かつぎ屋の青年は荷物を運ぶお仕事、いわば「佐川男子」だ。髪の乱れも気にしない、ガテン系のワイルドな魅力に、女たちが目を奪われる瞬間を切り取った名作だ。

AERA 2013年8月26日号