坂本龍一さん
坂本龍一さん
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 3月28日、音楽家・坂本龍一さんが永眠した。享年71。がんを公表しながら最期まで音楽をつくり続けていた。

 1952年東京生まれの坂本さんは78年「千のナイフ」でデビュー。細野晴臣さん、高橋幸宏さんとYMOでも活動。83年に映画「戦場のメリークリスマス」のテーマ曲がヒット、87年の映画「ラストエンペラー」の音楽では米アカデミー賞とグラミー賞を受賞した。

 平和や地球環境の保全への思いは強く、亡くなる直前には明治神宮外苑地区再開発の見直しを求める手紙を小池百合子都知事らに送っている。

 坂本さんを初めてインタビューさせていただいたのは2001年。モザンビークの地雷を除去するチャリティー「ZERO LANDMINE」後で、アントニオ・カルロス・ジョビンの曲を録音した「CASA」発表前。

 ジョビンの家でジョビンのピアノを弾いた坂本さんは、ジョビンの魂が降りてきたと話された。故人が好んだ音階の鍵盤に指の脂が残り、タッチも微かにやわらかい。長時間弾くとそこに導かれ、坂本さんの演奏にジョビンが混ざるのだという。

 坂本さんの話は常に具体的。オープンで率直で気取らず、大家然とした雰囲気はまったく感じない。取材したラウンジにあったピアノで「戦場のメリークリスマス」を演奏してくれたこともある。

 音楽を担当した市川海老蔵さん(当時)主演の時代劇映画「一命」は以前「切腹」というタイトルで映画化され、武満徹さんが“ザ・時代劇”的な音楽を手掛けた。一方、坂本さんは武満さんをリスペクトしつつ、ピアノ、オーケストラ、クラシックギターで音楽をつくった。

 坂本さんは10代の頃、武満さんのコンサート会場で「武満の音楽は日本回帰だ!」というビラを撒いた体験を話してくれた。ビラを撒いたのは君かな、と終演後武満さんが目の前に現れた。デビュー後に再会。ビラのときの君だね、と言われ交流が生まれたそうだ。

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神舘和典

神舘和典

1962年東京生まれ。音楽ライター。ジャズ、ロック、Jポップからクラシックまでクラシックまで膨大な数のアーティストをインタビューしてきた。『新書で入門ジャズの鉄板50枚+α』『音楽ライターが、書けなかった話』(以上新潮新書)『25人の偉大なるジャズメンが語る名盤・名言・名演奏』(幻冬舎新書)など著書多数。「文春トークライヴ」(文藝春秋)をはじめ音楽イベントのMCも行う。

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