ライター・研究者のトミヤマユキコさんが評する『今週の一冊』。今回は『介護者D』(河崎秋子、朝日新聞出版 1870円・税込み)です。

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 東京で派遣社員をやっている琴美は、父親を介護するため30歳にして北海道の実家に戻った。母親は5年前に交通事故で亡くなっており、妹はアメリカにいるので、介護要員にカウントするのは難しい。東京での琴美は、大きな仕事を任されていたわけでも、生涯を共にするパートナーがいたわけでもなかった。しかし、だからって、喜んで実家に戻れたわけではない。なぜなら、大事な「推し」がいるから……。

 琴美は、アイドルグループ「アルティメットパレット」のメンバー「ゆな」を追いかけている。ステージ上で転んでしまっても、その空気を引きずることなくパフォーマンスを続けるゆなの健気さと強さに惹かれ、ゆなをずっと推すことが自分のやりたい(やるべき)ことだと思うまでになった。もはやゆなは人生の一部。親の介護くらいで卒業できはしない。

 が、しかし。元塾講師で堅物の父親は、娘の気持ちを知るよしもない。カーステレオやテレビからアイドルソングが流れてくるだけで嫌悪感を示す始末。それは好みの問題としても、そもそも娘への思いやりがあるのかが怪しい。ケア要員としての娘を頼りこそすれ、ことさらに感謝したり、労ったりしないので、心の内が読めない。

 娘としては、期待するだけ無駄といったところだろうか。長い時間をかけて形づくられてきた家族の形をいきなり変えるのは難しい。その形に沿うよう気を回す琴美からは、自由になりきれない長女の悲哀が滲む。同じような境遇にある仲間がいれば少しは慰めになっただろうが、地元で再会した女友達にはあまり話が通じない。介護従事者の集まりが心の支えになりそうだったが、コロナ禍のせいで通えなくなってしまう。真綿で首を締められるような孤独。ゆながいてくれなかったら、とてもじゃないが耐えられなかっただろう。

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