池江璃花子 奇跡の復活を支えた「遠くに輝く希望」 (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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池江璃花子 奇跡の復活を支えた「遠くに輝く希望」

木村健一週刊朝日
4月の日本選手権では4冠。完全復活を印象付けた (c)朝日新聞社

4月の日本選手権では4冠。完全復活を印象付けた (c)朝日新聞社

「ただいま!」

 4月4日、競泳の東京五輪代表選考会を兼ねた日本選手権。白血病から復帰した池江璃花子(20)はそう言ってプールに入場し、100メートルバタフライ決勝に臨んだ。

 2年前は、こんな言葉をこぼしていた。

「死にたい……」

 2019年3月、病室で一度だけ母親に言った。白血病の治療で抗がん剤を使い、髪は抜け落ち、嘔吐を繰り返していた。ベッドから動けなくなり、点滴で栄養を取っていた。

「初めて生きていることがしんどいな、と。耐えられなくなったときに言ってしまった。母はすごい悲しんでいた」

 一時帰宅が許され、車で自宅に戻った。外では、桜が咲いていた。

「外に出ること、桜を直接見られること、車に乗れること。高速道路の渋滞すらうれしい感覚になって。ご飯を食べに行って。すごく幸せだった。つらいことはいっぱいあるけど、楽しいことはいっぱいあるんだな、と」

「死にたい」と言ったことを後悔したという。

「そういう言葉はどんなときでも言っちゃいけない。絶対思わないようにしよう」

 10カ月の入院生活を送った後、20年3月にプールに入り、5月から本格的な練習を始めた。以来、その歩みを「第二の水泳人生」と呼ぶ。

 最初は思うように泳げず、チームメートについていけなかった。練習後、一人で泣くこともあった。

「このままじゃダメだ、と自分を責めた。でも、まだ大丈夫、泳ぎ始めたばかりだ、と」

 20年7月、東京・国立競技場。東京五輪1年前のイベントで、聖火の入ったランタンを掲げ、メッセージを発信した。

「希望が遠くに輝いているからこそ、どんなにつらくても、前を向いて頑張れる。もう一度プールに戻りたい、その一心でつらい治療を乗り越えることができました」

 8月末の大会でレースに復帰した。原動力は「負けたくないという気持ち」だった。

 毎日抗ウイルス剤を飲み、6週間に1度は病院へ通う。一時は15キロ減った体重を取り戻すため、食事とトレーニングに気を配ってきた。


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