東京03・角田晃広「全国ツアーは赤字。1分ブームに乗れなかった」 (1/3) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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東京03・角田晃広「全国ツアーは赤字。1分ブームに乗れなかった」

菊地陽子週刊朝日
角田晃広さん

角田晃広さん

 お笑いトリオ「東京03」のコントではボケを担当することが多いが、最近では、俳優業にも引っ張りだこの角田晃広さん。角田さんが現在のブレークに至るまでの紆余曲折を明かした。

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「将来は、ミュージシャンになれたらいいなぁ」

 そんなことを夢想しながら、大学生のときは、いわゆるモラトリアム生活を満喫していた。就職はしたくない。大好きな長渕剛さんのように、世の中をぶった斬っていくような歌を歌いたい。フォークギターを買って、ギターを練習し、ある程度のコードは押さえられるようになった頃、「歌詞を書いてみよう」と角田さんは思った。

「ルーズリーフを前に、シャーペンを持って、何か世の中に対する不満を書き出していこうと思ったら、頭の中が真っ白になって。世の中に特に不満なんてないなぁ。俺って幸せだなぁ、と(笑)。ミュージシャンの素質がないと思って、すぐその夢は諦めました」

 普通ではない職業に憧れ、ついでに根拠のない自信も抱えているのは、“大学生あるある”なのかもしれない。人生初の軽い挫折を経験したタイミングで、親しい友人から、「お笑いライブをやるんだけど、一緒に出ないか?」と誘われた。

 音楽では挫折したものの、お笑いとはいえライブはライブ。ステージの上に立って、自分たちの一挙手一投足に、お客さんが反応してくれる楽しさが病みつきになった。当時、若手芸人たちがネタを披露できる番組はNHKの「爆笑オンエアバトル」のみ。番組に向けて作ったネタを、まず劇場で披露して、お客さんの反応を見てから、オンエアバトルに出演する日々が続いた。

「でも、20代後半になっても、生計はバイトで立てるしかなくて、だんだん、『このまま続けても先はないかもしれない』と思うようになった。当時一線で活躍していたお笑い芸人といえばダウンタウンさんにしてもウッチャンナンチャンさんにしても、みんな20代でブレークしていたんですよ。それで、29歳のときに一旦その学生時代から続けていたお笑いトリオを辞めたんです。そのときは、お笑いそのものから足を洗うつもりでした」


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