思い立ってポンちゃんの住む福生に行った。

 彼女の自宅で録った何気ないモノローグに、福生駅前の商店街、国道16号線沿いにある米軍横田基地から飛び立つ輸送機の音、そこからちょっと離れた調布のアメリカンスクール校庭で高校生たちがバスケットボールに興じる音を被せていった。

 彼女に初めて出会った河出書房の応接間と、かつて雪の午後に訪ねた福生あたりの白い風景を思い出し、チック・コリアの『クリスタル・サイレンス』が心の中で聴こえた。

 そう、ポンちゃんはソウルミュージックのみならず、チック・コリアも大好きだったのだ。

 作家山田詠美の低めの柔らかな声に、チック・コリアのピアノとゲイリー・バートンのヴァイブラフォンが寄り添った10分間。

『クリスタル・サイレンス』がフェードアウトして番組が終わると、滅多に褒めることのない清水哲男さんが「今日は良かった」とおっしゃった。

 ポンちゃんを紹介してくれた恩返しができたと思った。そしてやっとラジオディレクターとして一人前になれた気がした。もう30年以上前の話だ。

 そんな彼女の新刊を手に入れた。『血も涙もある』。今度はどんな音楽が聴こえてくるのだろう。

延江浩(のぶえ・ひろし)/1958年、東京都生まれ。慶大卒。TFM「村上RADIO」ゼネラルプロデューサー。国文学研究資料館・文化庁共催「ないじぇる芸術共創ラボ」委員。小説現代新人賞、ABU(アジア太平洋放送連合)賞ドキュメンタリー部門グランプリ、日本放送文化大賞グランプリ、ギャラクシー大賞など受賞

週刊朝日  2021年4月9日号

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延江浩

延江浩

延江浩(のぶえ・ひろし)/1958年、東京都生まれ。慶大卒。TFM「村上RADIO」ゼネラルプロデューサー、作家。小説現代新人賞、アジア太平洋放送連合賞ドキュメンタリー部門グランプリ、日本放送文化大賞グランプリ、ギャラクシー大賞、放送文化基金最優秀賞、毎日芸術賞など受賞。新刊「J」(幻冬舎)が好評発売中

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