ファイザーのコロナワクチンと注射器 (撮影/写真部・高野楓菜)
ファイザーのコロナワクチンと注射器 (撮影/写真部・高野楓菜)

 ワクチン接種が世界最速レベルで進む中東の国、イスラエル。2月25日時点で人口約900万人の半数近くが少なくとも1回のワクチンを接種し、2回目をすませた人も300万人以上にのぼる。

 接種が進む背景には政治的な状況がある。

 イスラエルでは3月23日に総選挙投開票が予定され、ネタニヤフ首相が続投を目指す。ワクチン入手で各国が苦心するなかファイザーから買い付け、最高経営責任者(CEO)との個人的なパイプのおかげ、と宣伝した。

 ファイザーにとってもイスラエルとの連携は渡りに船だ。人種の多様性とハイテクでは中東随一の国。デジタル化された各人種の医療データがタイムリーに提供されるのだから、巨大な「実験場」を確保したに等しい。

 国民皆保険のイスラエルでは日本の健康保険組合のような非営利の「健康維持組織(HMO)」が4種ある。それぞれが医療機関やスタッフを擁し、サービスを競い合う。政府が昨年12月、60歳以上などへの接種を決めると各機構とも一斉に電話やメッセージで利用を呼びかけ、瞬く間に1~2カ月待ちになった。

 一般に、ユダヤ人は迫害の歴史から危機に敏感だとされる。政府の対応に共感すれば即刻従うが、納得しないと動かない。

 例えば接種の呼びかけに素早く応じた60歳以上。感染すると重症化しやすい世代だが、1948年の建国当初から国を守ってきた自負が強く、危機には「戦時メンタリティー」で臨むことで知られる。そのせいか政府も「接種で勝利」と戦時さながらのポスターを病院に張り巡らせている。

 だが16歳以上の全住民に対象が拡大された2月初めごろから、こうした流れは鈍化を見せている。若い世代が慎重なのだ。イスラエルの平均年齢は30.5歳。感染しても重症化しにくい世代で、むしろ副反応を気にしている。加えて若年人口が特に多いアラブ系やユダヤ教超正統派は政治的にも反ネタニヤフで呼びかけを無視する構えだ。

 新型コロナではワクチン接種が人口の6~7割まで進まないと集団免疫は実現しないとされる。イスラエルで実現するのか。今後も目が離せない。(毎日新聞 前エルサレム特派員・大治朋子)

週刊朝日  2021年3月19日号