※写真はイメージです (GettyImages)
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『嫌われる勇気』などの著書・共著がある哲学者の岸見一郎さん(64)は、25歳のときに母(享年49)を、57歳で父(同84)を見送った。

「母が入院していたとき、学生で時間に余裕があった私がそばでずっと看(み)ていました。たまたま母の友人がお見舞いにやってきて、『たまには休んで』と。外した瞬間、母が逝ってしまったんです」

 病院に駆けつけた父から母の最期について聞かれると、とっさに「穏やかだったよ」と答えてしまった。それが心の傷になってしまう。

 27年後、今度は一人暮らしをしていた父がアルツハイマー型認知症に。その2年前に心筋梗塞(こうそく)で倒れて仕事のペースを落としていた岸見さんが、介護することになった。

「実は、介護生活を始めるまで父とは相性が悪く、会話らしい会話もなかったんです。父との生活は試練の連続でした。今一番、仕事ができる年齢なのに、20年も前に退いた父のために介護をしなければならないことが理不尽なことのようにも感じていました」

 しかし、昔は聞けなかった「ありがとう」の言葉を父の口から聞けるようになった。いつも寝ているのなら、自分がそばにいなくてもいいのではないか──。そう感じて聞くと、

「お前がそばにいるから、安心して眠れるんだ」

 岸見さんは気づいたという。

「僕のほうが一方的に、父に対して否定的な感情を持っているだけでした」

 母を見送れなかったこともようやく明かせた。

 父は2013年2月に亡くなった。

「息を引き取る直前、父の目から涙があふれ出ました。私が声をかけると、拍動と呼吸のモニターが変化したので、私への思いなのだとすぐにわかりました。人生のめぐりあわせで父を介護できたことは幸いでした」

 最近、母の夢を見た。

「生前に病室で見た、ストレッチャーにのせられたときの姿でした。草原で解放されたようにとても気持ちよさそうに寝ていました」

 やっと吹っ切れた。母のときにできなかった看取りを、父がさせてくれたおかげだと感じている。

 母を失ったときの岸見さんのように、家族を亡くして1年以上経っても悲しみに苦しむ人は少なくない。国立がん研究センター(東京都中央区)が今秋公表した調査で明らかになった。17年にがんや心疾患、脳血管疾患、肺炎、腎不全で亡くなった患者の遺族を対象にしたもので、19年1~3月に調査して約2万1千人から回答を得た。

 病気により割合は異なるが、気分が落ち込んで何もする気が起きないなど、他のことに影響するような「抑うつ症状」がある人は12~19%もいた。

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