私はレースを終えてから寺川と話をして、「ロンドン五輪に向けて練習を再開したときは、私がやらせたい練習をやる。相当厳しい内容になるが、乗り越えてほしい」と告げました。
練習に臨む姿勢ががらりと変わりました。ときどき見せていた不満を顔に出すような態度は影をひそめ、厳しい練習にも前向きに取り組みます。内面からわきあがる自信を感じさせ、五輪メダル獲得の目標を公言するようになりました。
一緒に練習する社会人スイマー、バタフライの加藤ゆか、自由形の上田春佳とはメドレーリレーの五輪メダルという共通目標がありました。互いに刺激を受けながら、ターンやタッチの技術を磨いていきました。
ロンドン五輪の寺川は100メートル背泳ぎで予選、準決勝と記録を上げ、銅メダルの決勝は58秒83の日本新をマーク。加藤、上田、平泳ぎの鈴木聡美と組んだメドレーリレーでも日本記録を更新し、同種目でシドニー五輪以来12年ぶりのメダルを取りました。
五輪の日本競泳女子で寺川の27歳のメダル獲得は、中村礼子の26歳を抜いて最年長記録でした。
女子のリーダーとして五輪後も活躍した寺川は、13年バルセロナ世界選手権で58秒70と100メートル背泳ぎの日本記録を更新。私から精神的に独り立ちして現役最後まで自分の限界に挑んだ経験が、現在のスポーツキャスターの仕事に生きていると思います。(構成/本誌・堀井正明)
平井伯昌(ひらい・のりまさ)/競泳日本代表ヘッドコーチ、日本水泳連盟競泳委員長。1963年生まれ、東京都出身。早稲田大学社会科学部卒。86年に東京スイミングセンター入社。2013年から東洋大学水泳部監督。同大学法学部教授。『バケる人に育てる──勝負できる人材をつくる50の法則』(朝日新聞出版)など著書多数
※週刊朝日 2020年7月24日号