社会の歪みを鋭く切り取った小説を書いてきた作家の桐野夏生さん。長年、教育の中枢に携わってきた前川喜平さん(元文部科学事務次官)。ふたりとも昨今の事件に表れる若者の荒廃に、危機感を抱いているという。現代の深層にどんな問題が横たわっているのか。
桐野:2年前、『路上のX』(朝日新聞出版)という本で、親に棄(す)てられて居場所のない女子高生が街をさまよう状況を書きました。若い女性の貧困が問題視されて久しく、私自身もそれをテーマに作品を書いてきました。
最近気になるのが、若い男性の荒廃です。三鷹ストーカー殺人事件(2013年、トラック運転手の男性が元交際相手の女子高生にストーカー行為を繰り返した後に刺殺。この事件が誘引ともなり、リベンジポルノの関連法が成立)や、川崎市中1男子生徒殺害事件(15年、川崎市の多摩川河川敷で13歳の中学1年生の少年が殺害された上に死体を遺棄され、殺人の疑いで少年3人が逮捕)、東松山都幾川河川敷少年殺害事件(16年、埼玉県東松山市の都幾川河川敷で、16歳の少年が14~17歳の5人に殺害された後、死体を遺棄され、この5人が殺人の疑いで逮捕)。そうした少年の犯罪が後を絶ちません。
事件を起こした少年たちの背景を見ると、ほとんど学校に行っていなくて、ゲームとアニメ漬けだったりする。要するに本当のワルにもなれないというか、学校で落ちこぼれ、ワルの仲間でも落ちこぼれている。
一つの大きなほころびの中で、若い女性も男性もあがいているような感じがするんですよ。それは今、日本が世も末みたいな状況になっていることの表れなのではないか、と書くテーマを考えながら、いつも思うんです。
前川さんは、官僚の立場から教育の中枢である文科省におられた。こうした若者について、どんなふうに見ていますか。
前川:若者の荒廃を私も感じています。その根っこにあるのは、自分を信頼していないことだと思う。自分を信頼することを「自己肯定感」と言ったりしますけど、若者が荒廃するに至るには、子ども時代に問題があるんだろう、と思います。大切なのは、自分を認めてくれる人が、どれだけ子ども時代に周りにいるか。裕福な家に育ったとしても自己肯定感をなくしてしまう、ということもありますから。経済的なことだけじゃなくて、自分をきちんと認めてくれる人がいるのかどうか。