エッセイストで画家の玉村豊男さん(74)も、自身がたどってきた道に基づいて、死の計画を立てている一人だ。03年に長野県でワイナリーを開業。600坪から始まったブドウ畑は、この16年間で2万坪超にまで広がった。自分が死んだら、骨をそのブドウ畑に散骨するよう、妻に頼んでいる。

「土地を耕し、ブドウを育て、おいしいワインをつくるまでには、長い道のりがあります。死んでから、その道のりの中に自分が加わるのも悪くないなと。じっくりと土の中にとどまって、ブドウの成長を見守るなんて素敵でしょう。ブドウ畑以上に、散骨するのにうってつけな場所はないと思ったんです」

 欧州のブドウ畑は、土壌が石灰質であるがゆえにミネラル分を多く含み、ワインになったときの味わいにも複雑さが増すといわれる。石灰質の土を求め、玉村さんも畑をつくるときには、三陸から10トントラック3台分のカキの貝殻を運んで畑にまいた。

「その理論でいけば、骨もカルシウム豊富な石灰質。畑を始めるときにカキの殻をまいてから16年。そろそろ効力も薄れてきただろうから、僕の遺骨でパワーを補おうかと(笑)」

 散骨の計画を立てたのは3年前。肝がんが見つかったことで死を意識し、遺言の準備を始めた。「ボーンチャイナ」(原料に骨灰を含んだ磁器の一種)のように、遺骨を使って焼き物をつくってはどうかという提案は、妻に即却下されたが、散骨計画は快諾してくれたという。

「散骨した畑で育ったブドウを使ったワインは、遺骨特別バージョンとして高く売ってもいいんじゃないかな。“玉村豊男粉骨砕身畑・特別ビンテージ”なんつって」

 ケラケラと笑う玉村さんも、若いころは死が怖かった。だが、里山で30年暮らす中で、死を自然と受け入れられるようになったという。毎年、春になれば木々が芽吹き、夏になれば緑が生い茂り、秋には葉が色づき、冬には葉が落ちて枯れ葉が舞う。そんな自然の移ろいの中で、人間も自然の一部であることを実感する。特別なことはせず、昨日の続きで今日を過ごし、日常のサイクルの中であくまで自然に死を迎えたいと願う。

「来るものは来る。ただそれを受け入れるだけ。楽しいこともたくさんしたし、おいしいものもたらふく食った。できれば散骨の仕切りをしてからあの世にいきたいけど、こればっかりはそういうわけにもいかないからね」

 自身の死の計画も、笑って楽しく立てる。「人生、楽しんだ者勝ち」とはよく聞かれる言葉だが、それは人生の最後まで言えることなのかもしれない。令和初の年始に、あなたも“楽しい計画”に思いをはせてみてはいかがだろう。(本誌・松岡かすみ)

週刊朝日  2020年1月‐10日合併号

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松岡かすみ

松岡かすみ

松岡かすみ(まつおか・かすみ) 1986年、高知県生まれ。同志社大学文学部卒業。PR会社、宣伝会議を経て、2015年より「週刊朝日」編集部記者。2021年からフリーランス記者として、雑誌や書籍、ウェブメディアなどの分野で活動。

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