「そういうことは一切言わないし、芝居でもこっちが目立つような芝居をしてくれる。人を叱るようなことも絶対になかった。ただ、俺が結婚したときに『女には気を付けろよ。かみさんを泣かすんじゃないぞ。大事にしろよ』って注意された。それだけです」

 結婚は72年。妻・和子さんは元役者で、芝居が縁で出会った。素敵なエピソードがある。

「俺、結婚式を挙げなかったんです。そしたら『男はつらいよ』の10作目で監督が女房を使ってくれた。『寅さん、私、今度結婚するの』って、花嫁姿で報告にくる女の子。撮影が終わって、なぜか監督が『蛾次郎、衣装部に行ってこい』って言うんだ。行ったら紋付き袴が用意してあった。それ着て渥美さんたちみんなで写真を撮ったんです。篠山紀信さんが撮ってくれたんだから、宝ですよ」

「男はつらいよ」に集まった人たちは、本当に家族のようだった。

 蛾次郎さんの脳裏には、48作の撮影がいまも残っている。

「あのときはね、渥美さん体がつらそうだった。覚えているのは『とらや(くるまや)』の中に渥美さんが『おう、なんだい』と言って入ってくるシーン。1回目の『おう』はすごく力強かった。でもだんだん弱くなっていって本番が一番弱かった。ああ、ちょっと疲れてるのかな、って思った」

 撮影所では渥美さんの部屋に挨拶に行くのが習慣だった。行くと「おう、蛾次郎か」と出迎えてくれる。だが、あの撮影のときは行くと必ず寝ていた。

「それでも起きてきて『蛾次郎にリンゴかなんか剥いてやってくれ』と言ってくれて、お茶を飲んで、話をしてね。でもあれは、昔の言葉でいうと“臥(ふ)せっている”状態だった」

 突然の訃報にショックを受けた。半年間、寅さんの歌を聴けなかった。聴くと涙が出てしまうから。もう寅さんはいない。だが「どこかにいて、また帰ってくる」、そんな余韻をもって、新作も作られている。

「そりゃもう、さみしいとかは通り越しましたよ。撮影現場でもみんな、普段通りだった。でもなんかやっぱり、本来いるべきところにいる人がいないのはね」

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