料理好きな蛾次郎さんは今回も120人分の「薬膳カレー」を現場に差し入れた。渥美さんの好物だったカレーだ。渥美さんはいつも小盛りだったが、最後の撮影のときは大盛りを食べた。「蛾次郎、ありがとう、おいしかったよ。いつもご苦労だったね」。それが最後の会話になった。そのカレーは東京・銀座にある蛾次郎さんの店「PABU蛾次ママ」で食べることができる。

「俺、じっとしてるの嫌いだからカレー屋とかスナックとかいろんな店をやってきた。仕事があるときは撮影に行って終わったら店に行って、両立できたし、ママ(和子夫人)も一緒だったしね。でも女房は血液のがん(多発性骨髄腫)で亡くなっちゃった。かわいそうに」

 2016年のことだ。68歳だった。

「一番危ないっていうとき、俺1週間ロケに行って全然、会えなかった。帰ってきて、顔を見て、でも翌日も仕事があった。その途中で亡くなっちゃった。つらかった。一番、つらかった。俺、女遊びしたり、女房に迷惑かけてきたからね」

 それでも43年連れ添い、夫婦でたくさん旅行をした。デビッド・カッパーフィールドのショーが好きだった和子さんのためにラスベガスにも何度も足を運んだ。
「いまは一人暮らし。3匹いたも死んじゃってね。寂しいですよ。部屋はいっぱいあるから、ときどき『部屋を貸してくれ』という女の子がいるんだ。でもそれはダメです。ママに悪い」

 女性にやさしく、実は一途な面も蛾次郎さんと寅さんをつないでいる気がする。

「思うんだけど、寅はさ、恋人を作っても本気にならないでしょ。それはね、さくらがいるから。さくらが一番好きなのよ、寅は」

 新作で歴代マドンナ約40人を振り返り、改めて思ったという。

「さくらが駅で寅を見送るシーンで、電車のドアが閉まる寸前に寅が言うんだよ。『さくら』『なに? お兄ちゃん』『ふるさとが、あるから帰ってくるんだ』って。あれは『ふるさとに、お前がいるから、帰ってくるんだ』と訴えてるんだよ」

 渥美さんからもらった一番大切なものは「心意気」。

「人間としての心意気。演技力はかなわないからさ。人を大事にしなさいとかね、そういうことだね」

(中村千晶)

週刊朝日  2019年12月20日号