長年やってきて売れる作家でもなかったけれど、檀家さんみたいな読者がいるのを最近知りましてね。何十回も読んだとかで、自分でも忘れている内容とかも覚えている(笑)。実は、読者っていうのは、ものすごく怖い存在です。ものを書くというのは、結局一人の読者に言葉を届ける行為です。一人の読者を意識すると、その人を裏切れないんですよ。

――今では元気な姿を見せているが、2年前、大動脈解離で救急搬送された。初めての大病で、10日ほどICUに入り、一時は生命が危ぶまれたという。

 どうにか踏みとどまって、いまは一応、血圧を安定させる薬を飲んでいるんだけど、よく忘れるんです。よくお酒を飲んできましたが、医者にも飲まないほうがいいですか、という質問もしてないんです(笑)。

 まあ飲んべえの自己弁護をしますが、酒を飲むのは、人とよく語り合いたいからです。気取らず、おもねらず、笑い合いたい。阿呆組として生きた人生を、肴にしてもらうのも悪くありません。

 振り返って、生きていて他者に残せる最大のものは良き思い出、と信じています。齢(よわい)を重ね、そんな心境に至りました。

(聞き手/本誌・岩下明日香)

週刊朝日  2019年9月27日号