そこから、始まった。体のでかい生徒のC君は、A君にプロレス技をかけていた。B先生は言った。「お前、ラリアットがどんだけ痛いかわかってるのか?」と。C君が笑いながら「はい」と言うと、B先生はC君にラリアットをした。C君は吹っ飛ばされて、途端に泣きだした。みんな、自分のやったことをB先生にやられた。職員室に、男子全員の泣き声が轟いた。

 その日以降、A君をいじめる生徒はいなかった。止まった。それから数カ月後。新聞に出ていた記事は、とある学校で葬式ごっこといういじめが行われ、生徒が自殺したというニュースだった。ぞっとしたのは僕だけじゃなかったはずだ。あのままいじめが続いていたら、A君も同じことになっていたかもしれない。

 あれから30年以上がたち、たまにあのときのことを思い出す。そして、もし、あのままいじめが止まらなかったら、A君は……。もしそうなっていたら、僕らはいまだに、そのときの罪を背負って生きていかなきゃいけなかった。時代が違うと言われればそれまでだが。僕たち男子の中で、あのときの先生が僕らにしたことを暴力だと思っている人はいないと思う。……と、そんなことを思った。

週刊朝日  2019年2月8日号

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鈴木おさむ

鈴木おさむ

鈴木おさむ(すずき・おさむ)/放送作家。1972年生まれ。19歳で放送作家デビュー。映画・ドラマの脚本、エッセイや小説の執筆、ラジオパーソナリティー、舞台の作・演出など多岐にわたり活躍。

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