「1983」は、ギターのフレイズを探るような演奏。後に発表される「天使」はささやくような歌いぶり。「チェロキー・ミスト」は、ロバート・ジョンソンの「ウォーキング・ブルース」を想起させ、デルタ・ブルースへの愛着を物語る。「ヴードゥー・チャイル」と「ジプシー・アイズ」はいずれも後の完成作とは異なり、後者は完成作もそうだが、マディ・ウォーターズの「ローリン&タンブリン」が下敷きと思われる。全体を通じ、ブルースがジミの重要な音楽基盤のひとつだったことがわかる。自伝的な「僕の友達」や、アル・クーパーらとのセッションも興味深い。

 ハリウッド・ボウルでのライヴは、秘密裏に録音されたサウンド・ボード音源によるもの。途中で録音が切れたり、演奏途中から始まったりする曲もあるが、ライヴの興奮はしっかり伝わってくる。「ヴードゥー・チャイルド(スライト・リターン)」などのスリリングなブルース・ナンバーに加え、クリームの「サンシャイン・オブ・ユア・ラヴ」をインストゥルメンタルで披露。

 本編の『エレクトリック・レディランド』は、宇宙船の着陸をイメージしたサウンド・コラージュの「恋の神々」で幕を開ける。続く表題曲では、カーティス・メイフィールドへの敬愛がうかがえる。「クロスタウン・トラフィック」ではスピーディーでダイレクトなロックを展開し、15分に及ぶブルースの「ヴードゥー・チャイル」では、ジミ自身の歌とギターの掛け合い、スティーヴ・ウィンウッドのオルガンとの緊張感みなぎる共演が聴きどころだ。

 ノエル作のブリティッシュ・ロック風味の「リトル・ミス・ストレンジ」をはさんで、シャッフルの「長く暑い夏の夜」、ざっくりとしたギター演奏による「カム・オン(レット・ザ・グッド・タイムス・ロール)」、ワイルドな展開の「ジプシー・アイズ」、孤独な心情を歌う「真夜中のランプ」と続く。

 最大の聴きものはボブ・ディランのカヴァーで、ディランが“私の曲を成層圏の彼方まで響かせてくれた”と絶賛した「ウォッチタワー」だ。迫力、説得力ある歌と演奏には興奮を覚えずにはいられない。

 卓越したギター・テクニックだけでなく、ジャンルを超越した音楽性は唯一無二。ヴォーカリストとしても味わい深い。ロック・シーンに大きな影響を及ぼし、傑作、名盤と語られてきた本作の神髄を再確認した。(音楽評論家・小倉エージ)

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小倉エージ

小倉エージ

小倉エージ(おぐら・えーじ)/1946年、神戸市生まれ。音楽評論家。洋邦問わずポピュラーミュージックに詳しい。69年URCレコードに勤務。音楽雑誌「ニュー・ミュージック・マガジン(現・ミュージックマガジン)」の創刊にも携わった。文化庁の芸術祭、芸術選奨の審査員を担当

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