桂歌丸さん「人の悲しみは笑いにつながらない」 生前に語っていた「笑点」への思い (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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桂歌丸さん「人の悲しみは笑いにつながらない」 生前に語っていた「笑点」への思い

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熊澤志保週刊朝日
大喜利メンバーらと記念写真に臨む桂歌丸さん (c)朝日新聞社

大喜利メンバーらと記念写真に臨む桂歌丸さん (c)朝日新聞社

瑞巌寺で落語を披露した歌丸さん (c)朝日新聞社

瑞巌寺で落語を披露した歌丸さん (c)朝日新聞社

 7月2日、81歳の生涯を閉じた落語家・桂歌丸さん。パズル誌「みんなの漢字」では、放送開始から大喜利メンバーとして参加していた「笑点」への思い、自身が大切にしてきた言葉などを、5代目司会当時の2015年にインタビューしていた。歌丸さんの貴重な言葉を紹介する。

【瑞巌寺で落語を披露した歌丸さん】

*  *  *
 おかげさまで「笑点」は50年目に入りました。よく「マンネリ」なんて言われますが、一番ありがてえ言葉です。長く続くってことですから。

 ここまで来るのは大変でしたよ。

 談志さん(初代司会・五代目立川談志)は、まあワガママ(笑)。ブラックユーモア好きで、あたしたちの答えにも要求するんです。が、50年前のお客様にはわかりませんよ。マエタケさん(2代目司会・前田武彦)は物書きで、まるで洒落が通じねえ。向こうが投げたボールを、投げ返しても知らんぷりだ。三波さん(3代目司会・三波伸介)になって伸びたけど、噺家じゃないから、間が合わないところもあったんです。先代の圓楽さん(4代目司会・五代目三遊亭圓楽)で、やりよくなった。不器用な人でしたよ。そのぶん、素のおもしろさが出た。引退する圓楽さんに「後を頼むよ」と言われて、あたしが司会になったんです。

 司会の仕事は、メンバーの答えをどう引き立ててやるか。当初は、「番組をどう変えていくか」ってよく聞かれました。そのたびに、「絶対変えないよ」って答えました。変えようと思って手を加えるから失敗するんです。変えるんじゃなくて、自然に変わっていくのを待つ。それが自然体ってもんでしょう。

 今のメンバーの役付けは、こうしようと決めたわけでなく、自然に出来上がってきたものです。

 長いことやっているから、「古池や」とあたしが読みだしたら、「古池か水の音で川柳を作るんだな」とメンバーはピンときて、読み終わる頃には手を挙げる。こっちも同じで、木久ちゃん(林家木久扇)が「お米を運んだ」と言ったら、先に「ごきろうさん」と言ってやりますけどね。


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