西城秀樹「音符があることが救い」「自分のあるがままを見せたい」週刊朝日に明かす (1/3) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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西城秀樹「音符があることが救い」「自分のあるがままを見せたい」週刊朝日に明かす

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週刊朝日#病気

西城秀樹さん(撮影/品田裕美)

西城秀樹さん(撮影/品田裕美)

 急性心不全のため亡くなった、歌手の西城秀樹さん(63)。2003年、11年に脳梗塞を患い、歌手活動を再開していたが、知人によると「最近はコミュニケーションもうまく取れず、ほぼ寝たきりの状態だった」という。
 2度の脳梗塞に倒れ、それでも「ステージに立ちたい」「マイクを握りたい」と熱望していたと知人は明かす。

【若かりし頃の西城秀樹さんの写真はこちら】

 5年前、週刊朝日は西城さんをインタビュー。そこで語っていたのは2度の脳梗塞の苦しみと、それを乗り越え歌手活動を再開した思いだった。“ワイルドな17歳”として1972年にデビューし、圧倒的な歌唱力と激しいアクションでトップアイドルに登りつめた西城さんが、右半身麻痺という後遺症を抱えながら夢見たこととは――。さらに今年初め、『ザ・ベストテン』の思い出を語ってくれたが、これが最後のインタビューとなった。

*  *  *
「歩く気力が出ないし、努力する気が起こらない。1度目の脳梗塞の後、努力したのに再発したんだから、もう何もしたくないなって。落ち込むとか、そういう程度のもんじゃない。『あ、死んじゃいたい』って思うほどですね」

 2003年に続き、11年に2度目の脳梗塞を患った直後のことを、そう振り返った。再起したきっかけは、同じリハビリ中の女性との出会いだったという。

「僕が公園で、歩くリハビリをしていたときのことでした。僕と同じ脳梗塞の70歳くらいのおばあさんが、足をひきずりながら歩いていました。公園をせいぜい一周しか回れないんだけど、『大変なのにがんばってるんだな』って、僕もできることを見つけなきゃいけないと思ったんです」

 西城さんの心には「このままじゃただ死んじゃうだけ、“息づく”ために自分にできることからもう一回やってみよう」という気持ちが芽生えた。

「体の状態は良くなくて、足をひきずっている状態。でも朝7時半に起き、最低1時間は公園を歩き回る。そんなリズムをつけることから始めました。ハードルは高くしたらだめ。低くていいから、何年も持続しなくちゃいけない。脳梗塞は、今日何かをやって明日良くなる病気じゃありませんから。年単位で、ちょっと良くなったなっていう程度です。そういう気持ちを受け入れるまでには時間がかかったなぁ」



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