■必ず選択肢を出し「どうしたいですか?」

「10年以上前から認知症の症状があった母ですが、症状が進んでも私や姉のことだけはわかるようで。施設に入ったらさみしいだろうと、家でみることを決めました」

 こう話すのは、新宿ヒロクリニックの在宅医療で認知症の母親をみたカヨさん(55)。仕事を辞めざるを得なかったカヨさんを、クリニックの医師や看護師は気遣ってくれた。

「体調を崩した際は、母と一緒にみてもらいました」

 医師と患者の関係も、病院での治療とでは違っていた。病院では医師から言われるがままに従い、はっきりNOと言えない。在宅医療では医師と一緒になって母親のベストな生活を考えて、選ぶことができた。

「必ず『どうされたいですか』と聞かれて、選択肢を提示してくれました。そこが在宅医療と病院での医療の大きな違いだと思いました」(カヨさん)

 さまざまな面から患者や家族を支える在宅医療だが、それを受ける最大のメリットは家族とともに自宅で過ごせることだ。

 夫を自宅で看取ったユキエさんもそれを実感した一人。夫の病状が進み、食事を受け付けなくなったときのこと。ユキエさんは家の中は極力、食べ物の匂いがしないよう心がけていた。

「食べられないのに、食事の匂いをさせたら気の毒だと思っていたんです。そうしたら、ヘルパーさんから、『ご主人が家にいることを感じられるよう、料理をつくって、匂いをいっぱいかがせてあげて』と言われて。『病院ならそういう匂いはしないでしょ』と」

 家を感じてもらいたい。その思いで、以来、ユキエさんは普段どおりに料理をつくったという。

 今回取材した患者や家族は在宅医療がうまくいっているケースだろう。だが、地域格差もあり、一部の在宅医が在宅医療を支えているという側面も否めない。それでも環境は整いつつある。今年4月の診療報酬改定では、複数の医療機関による一人の患者への訪問診療が可能に。「月曜日は皮膚科の訪問診療、木曜日は内科の訪問診療」という形もとれるようになった。

「まだまだ課題の多い在宅医療ですが、“家にいたい、家でみたい”という意思と、在宅医療に対して理解があれば、望んでいるような在宅医療をかなえてくれる在宅医は全国にいると思います」(主に栃木県での在宅医療の普及に尽力する、医療法人アスムス理事長で在宅医の太田秀樹さん)

(本誌・山内リカ)

週刊朝日 2018年5月4-11日合併号より抜粋