多摩川の某所に、人があまり立ち入らない秘密の草むらがある。そこに、ノコギリで伐り倒した麻の茎を大量に運び込むと、まずは幅が50センチぐらいになるよう敷きつめていった。

 硬い麻の茎を踏みしだくとだんだんバラけてきて繊維が露出してくる。何度も茎の上を往ったり来たりして完成したのは、全長約40メートルの麻のワインディング・ロードであった。

 ヤマダ道。完成した道をこう名づけて、仕事に疲れるとこの道をよく歩いた。踏むほどに茎がほぐれて足の裏に馴染んでくる感触は、格別であった。

 そんなある日、いつものようにヤマダ道をひとりで往復していると、入り口付近にお母さんと小学生ぐらいの男の子が現れたのだ。

 咄嗟に草むらに身を隠すと、ふたりはヤマダ道をこちらに向かって歩き始めた。沿道には冬でも雑草が生い茂り、尾瀬みたいに見えなくもない。タチヤナギの向こうには、多摩川の川面がキラキラと輝いている。ふたりはとても楽しそうだ。

 だが、残念なことにヤマダ道はそんなに長くない。あっけなく終点にたどり着いてしまうと、息子君がこうつぶやくのが聞こえた。

「ママ、遊歩道、もう終わっちゃったよ」

 ゆ、遊歩道……。

 大センセイ、草むらにしゃがんだまま、ひとりじーんとした。ヤマダ道が一般市民に道として認知された瞬間であった。

 ヤマダ道はいま、今年の麻に覆われて、静かに眠っている。

週刊朝日  2017年11月10日号

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山田清機

山田清機

山田清機(やまだ・せいき)/ノンフィクション作家。1963年生まれ。早稲田大学卒業。鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に『東京タクシードライバー』(第13回新潮ドキュメント賞候補)、『東京湾岸畸人伝』。SNSでは「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれている

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