「なんだか、この辺もゴーストタウンみたいになっちゃったなあ」

 すかさず妻が答える。

「うちの近所も似たようなもんよ。鈴木さんのところは都心のマンションに引っ越したでしょう? 病院が近くて便利なんだって。まあ、家は買い手が見つからないままみたいだけどねー」

 口ぶりから妻は「うらやましい」と思っているようだ。しかし、一人息子の翔太(25)の教育費にお金がかかったこともあり、今も家計は楽ではないのだ。

 都心から電車で40分ほどのマイホームは、20年前に5千万円で購入。当時40歳だった私は年収が800万円で、30年ローンでも年齢とともに年収も上がって繰り上げ返済ができるはず、と楽観視していた。だが、逆に収入は年々減少。毎月15万円ほど返済し続けてきたが、まだ10年はかかる。

「いま家を売ったってカネになんてならないよ。東京オリンピックが終わって景気は悪いんだから」

 それより前に景気がよかったのはいつだったか。中堅商社の営業職で必死に働いた記憶しかよみがえってこない。それでも、60歳になれば退職金や年金をもとに悠々自適の生活を送れると思い描いていた。ところが高齢者の定義は「75歳以上」になり、年金支給開始年齢は70歳まで徐々に上がりそうだ。定年は65歳になり、70歳まで再雇用で働くのが当たり前になった。

 いま私は「平社員」。年収は、以前の半分以下の300万円。貯金は物価の上昇で目減りする一方だ。かつての部下が上司となり、指示されるのもあまりいい気はしない。

「おまえのスーパーの仕事はどうだ。機械化でちょっとは楽になったか」

 妻に話題を振ると、あきれながら反論された。

「何、のんきなこと言ってるのよ。無人レジになっても、野菜の陳列や調理は人間じゃないとできないし、いまは外国人の技能実習生でなんとかまわっているんだから。それに年金や保険料の支払いで、手取りが結局減ってるんだから」

 余計なことは言うもんじゃない。しばらく黙って車を走らせる。

 高齢の母が自宅で待ってくれているのは、スマホの表示でわかっていた。介護の現場も人手不足から自動化が進んでいる。人の代わりに見守り支援ロボット(注6)が母の状況をいつも確認。異常があればすぐにスマホに連絡が入る。母はまだ元気なほう。在宅で介護している同世代の仲間は多いが、やむなく仕事を辞める介護離職者(注7)も減っていない。

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