過労死問題で揺れる電通。過去に自著『電通』を出版しているジャーナリストの田原総一朗氏は、その内情を考察する。

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 電通の新人社員だった女性(高橋まつりさん)が自殺して、長時間労働による労災だと9月末に認定された。その後、労働基準監督署などが電通に立ち入り調査をする事態に発展し、騒動が大きくなった。

 電通では3年前に病死した社員が今年、過労死認定されたほか、昨年には労働基準監督署による是正勧告を受けていたことが明るみに出た。こうしたことがあって、私はいくつものメディアから取材を受けることになった。私がかつて『電通』(朝日文庫)という著書を出していたからである。私が電通を取材していたころ、電通は“築地編成局”と称されていた。電通にはエレベーターの止まらない階がある、とも噂されていた。電通は陰のフィクサーだ、日本の政治経済界を操っている。当時はこうした情報がリアリティーを持って流されていたのである。

 私の書いた『電通』にも、電通が世の中のトレンドをつくっているというエピソードが少なからず出てくる。そして現在でも、電通は“陰のフィクサー”だという噂が結構まことしやかに語られているようだ。

 だが、良くも悪くも、今の電通の実像は、そういうものとはかけ離れている。電通の社員たちほど、そのことがよくわかっていて、電通の若手社員と意見交換をしたとき、「田原さんの『電通』を読んで入社したが、今の電通は世の中のトレンドをつくるというより、トレンドの周りをぐるぐる回っているようなものだ」と話した。今の電通は“陰のフィクサー”というよりは、誤解を恐れずにいえば、“大いなる下請け”なのではないか。電通の特徴的なところは、数千もの広告主と付き合っているということだと思う。自分の担当する広告主に対するロイヤルティーも高い。広告主に身も心も捧げて業務をこなす彼らは、それぞれの広告主のカラーに意識的、無意識的に染まっていく。そんな連中が一つの会社にいるということは、ある意味、電通自体が日本の会社の縮図、日本の会社のありようを映し出す鏡のような存在なのではないか。

 
 日本の会社がそれぞれ感じているムードと共振するところがあり、昨今の事件からうかがえるような歪みも、日本の会社が抱える歪みと捉えたほうがわかりやすい。電通の数多くのクライアントは、いずれも売り上げを上げることに躍起になっている。そのために、広告のあり方やイベントの展開の仕方などについて、電通に厳しく、細かく注文してくる。しかし、売り上げは上がらない、成果が出ない。すると、広告に問題がある、イベントのやり方に問題があると、細かくクレームをつけてくる。電通としては、それらに全て対応しなければならない。いわば、クライアントのほうも追いつめられているのである。当然、電通の側も追いつめられている。

 ところで、電通ではネット広告がどんどん拡大して、新聞広告と肩を並べる状態になっているのだが、新聞、テレビ、ラジオなどの媒体広告は、クレームが厳しくても、即日、翌日に対応しなければならないわけではないが、ネット広告の場合は、毎日夕方に1日の運用結果が出るので、それをもとに翌日からの出稿について調整しなければならず、クライアントからの要望も数限りがない。つまり、毎日完全に作業に忙殺されることになるわけだ。そして自殺した女性・高橋まつりさんはこの職場であった。

週刊朝日  2016年11月18日号

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田原総一朗

田原総一朗

田原総一朗(たはら・そういちろう)/1934年、滋賀県生まれ。60年、早稲田大学卒業後、岩波映画製作所に入社。64年、東京12チャンネル(現テレビ東京)に開局とともに入社。77年にフリーに。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。98年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ城戸又一賞を受賞。早稲田大学特命教授を歴任する(2017年3月まで)。 現在、「大隈塾」塾頭を務める。『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)、『激論!クロスファイア』(BS朝日)の司会をはじめ、テレビ・ラジオの出演多数

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