道路運送法などでは、バス運転手は退勤から出勤までに8時間は休息をとらなければならないとしている。仮に通勤で往復2時間、食事や風呂などで1時間とすれば、睡眠時間は5時間しかとれない。これでも法律上は問題なく運転することができる。

「バス会社はどこも人手不足ですから、1人で1.5人分は働いてもらわないといけない。給料を安く抑えているのは運転手の労働意欲を高めるためです。私も何度、太ももをつねりながら運転したことか……」

 また、こんなこともあったという。

「運行管理者から『人が足りないので、きつめのシフトをお願いします』と言われたんです。『いいですよ。協力します』と返事してシフトを見たら、休息時間が2時間足りなかった。『体力的には大丈夫ですけど、法律的にはアウトっすよね?』って指摘しましたよ」

 そのときの運行管理者の言葉をA氏は忘れない。

「うちは今、人が足りない。きっちり法律を守ってやっていたら回るものも回らないんだよ。他の運転手も黙ってその辺は協力しているんだから、黙ってあなたも仕事してくれませんか」

 バス運転手の待遇が悪化した背景に、2000年の規制緩和がある。かつて2336社(1999年度)だった貸し切りバス会社は、2倍近い4512社(13年度)にまで膨れ上がった。

 規制緩和以降、黒字路線をめがけて新規バス会社が参入。赤字路線の採算を黒字路線の収益で賄っていたバス会社は、経営が困難になってきた。既存のバス会社は、赤字路線だけを集めて子会社を設立。その子会社の赤字を黒字にするために、人件費を削り、安全にかかるコストを減らす。そして、新規参入業者に追随して運賃も下げる──。今回の事故では国のバスツアー運賃下限額約27万円に対し、バス会社は19万円で請け負っていた。

 運転手の6人に1人が60歳以上と高齢化も進む。運賃の値下げ競争に歯止めをかけて運転手の労働環境を改善しない限り、また同じことを繰り返すだけだ。

週刊朝日 2016年2月5日号より抜粋