「庶民」「伝説の営業マン」異色すぎる箱根駅伝・青学監督 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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「庶民」「伝説の営業マン」異色すぎる箱根駅伝・青学監督

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箱根駅伝で総合優勝を果たし、胴上げされる原晋監督。2位の駒沢大を10分50秒も引き離す圧倒的な勝利だった=1月3日午後、東京都千代田区、代表撮影 (c)朝日新聞社 

箱根駅伝で総合優勝を果たし、胴上げされる原晋監督。2位の駒沢大を10分50秒も引き離す圧倒的な勝利だった=1月3日午後、東京都千代田区、代表撮影 (c)朝日新聞社 

原晋はら・すすむ 1967年、広島県生まれ。中学で陸上を始め、世羅高3年時に全国高校駅伝準優勝。妻(47)と東京・町田の選手寮に暮らす(撮影/高井正彦)

原晋
はら・すすむ 1967年、広島県生まれ。中学で陸上を始め、世羅高3年時に全国高校駅伝準優勝。妻(47)と東京・町田の選手寮に暮らす(撮影/高井正彦)

 景気が上向かず、世間は閉塞感に溢れている。そんな私たちのモヤモヤした気持ちを吹き飛ばす“力”の持ち主が、今年もたくさん活躍してくれそうだ。青山学院大学・陸上部監督の原晋(47)もその一人。

 今年の箱根駅伝で青山学院大学を初優勝に導いた。往路・復路ともに制しての完勝。東京・渋谷にキャンパスを構え、おしゃれで洗練されたイメージが強く、泥臭さとは無縁な青学生たちを鍛え上げた手腕に注目が集まっている。

「『来年の目標は?』と聞かれるけど、まだ考えたくない。選手も私もしばらくはチヤホヤされたいじゃないの。浸らせてよ!」

 その飄々とした笑顔から、ストイックで時に悲壮感さえ漂いがちな陸上長距離指導者の面影はない。

「僕は庶民。従来の雰囲気を覆そうという発想で指導し、それが青学にはまったんでしょう」

 確かに経歴は異色だ。出身は愛知県の中京大。インカレ5千メートルで3位に入ってはいるが、関東の大学限定の箱根駅伝は走ったことがない。

 卒業後は中国電力の陸上部へ。全日本実業団駅伝初出場に貢献したものの故障が続き、27歳で引退。社員で働き続ける道を選んで、約1千万円の省エネ空調機を売りまくった。それが「僕は『伝説のカリスマ営業マン』」と胸を張るゆえんだ。

 会社員生活が10年続いた2004年、青学が駅伝の監督を探していると聞きつけた。

「営業マンとして培った合理的思考を生かせば結果が出せると直感した」

 5年で箱根出場し、7年でシード権を得て、10年で優勝争いという“論理的なビジョン”をA4の紙3枚にまとめて大学側にプレゼンし、その座を勝ち取った。

 着任時、箱根から長く遠ざかっていた陸上部員たちは茶髪は当たり前、二日酔いで練習に来るなど緩み切っていた。まず規則正しい生活を徹底。反発を受けながらも「いい練習はいい生活から」と譲らず、食事を管理し、寮の門限を午後10時に決めた。

 練習も変えた。体を動かしながらのストレッチを導入し、故障を減らした。有力高校生をスカウトするため、会社員時代に多くの顧客を魅了した話術を駆使して奔走。目的意識の高い選手が集まり始め、チーム全体の士気が上がった。

 と、ここまでは言ってみれば普通の強化策。真価を発揮したのは一貫して「青学らしさ」を尊重したことだ。規律を求めつつも青学生の気質に合わないはずと、門限で点呼を取らなかった。スカウトする高校生を選ぶ基準も、容姿端麗で頭の回転が速く、話が上手で、華やかなキャンパスに合うか、とユニークだ。

「環境になじめないと力を発揮できない。走力は二の次です」

 そんな奇抜な発想が、イマドキ青学生の能力を最大限に引き出すことにつながった。「切り替えがうまく重苦しさのないチーム」が完成した就任11年目、青学は頂点へ。就任時のプレゼン通りの結果を出してみせたからスゴイ。

 改めて聞いた。どうすれば優勝できるのか。

「選手を人間として魅力的ないい男にすることです。結果は後からついてくる。宝塚歌劇団のように、努力しつつ華やかな存在であり続けたいね」

週刊朝日 2015年1月23日号


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