舞台や映画などで存在感のある人物を演じた俳優・米倉斉加年(まさかね)さんが、8月26日、腹部大動脈瘤破裂のため、福岡市内の病院で亡くなった。享年80。役者はもとより、演出家や画家、絵本作家としても独特の世界観を持つ米倉さんを、寺尾聰さん(67)や宍戸錠さん(80)らが偲んだ。

 米倉さんは大学を中退して劇団民藝に入団。「ゴドーを待ちながら」など、看板俳優として活躍した。芝居でみせる表現力や重厚感を、師と仰ぐ故・宇野重吉さんに重ね合わせるファンも多い。

「ぼくは彼がうっとりした表情で宇野さんの話をする姿が好きだったし、その姿がいつのまにか宇野さんに似てきたような気がした」

 訃報に際し、ファクスでこうコメントを寄せたのは、米倉さんが出演した映画「小さいおうち」(今年1月公開)の山田洋次監督だ。

 宇野さんの長男で、NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」に徳川家康役で出演中の寺尾聰さんは、撮影の合間を縫って、電話で本誌にこう語ってくれた。

「米倉さんは、父を師匠だとあちこちで言ってくださっていた。それを聞くと、本当によくしていただいたという、感謝の気持ちでいっぱいです」

 同年齢で、NHK大河ドラマ「風と雲と虹と」や「秀吉」、日活映画「東京市街戦」など共演作が多い宍戸錠さん。記憶に残る最初の共演は、「天まであがれ」(朝日放送)だという。

「長門裕之(故人)と3人で出演した。テレビでは米倉さんはまだ駆け出しの時代で、おっ、こいついい俳優だなって思ったんだよね」

 その後、いくつかの共演を経て、「彼ほど演技に精進する俳優は見たことがない」と実感するように。

「酒は飲まねぇわ、女遊びはしないわ、不思議な人だったよね。彼は演技手法を書いたノートを作ってたんだよ。一つの演技、一つのドラマに対して真剣だった。これがオレと違うんだな。吉永小百合と、オレたちは共演してるけど、小百合がいちばん男優で尊敬していたのは絶対に米倉だと思うよ。オレは90歳まで仕事をしていくつもりだから。米倉さん、あの世で待ってろよ!」(宍戸さん)

 俳優業の一方で、画家や絵本作家として、『多毛留(たける)』『おとなになれなかった弟たちに…』といった代表作を遺した米倉さん。伊・ボローニャ国際児童図書展ではグラフィック大賞を2度にわたり受賞し、子供の目で戦争と飢えを描いた『おとなに~』は中学校の国語の教科書に採用された。

「米倉先生の絵は国際的に評価が高く、読者からは絵がきれいだと人気でした」(米倉さんの絵本を出版する偕成社の担当者)

 小さいころから好きだった絵画を描き始めた理由は、意外にも「生活費のため」。だが、芝居と同様に絵に対しても強いこだわりがあった。米倉さんの絵を扱うギャラリー「港屋」の大平龍一さんは言う。

「米倉さんの絵は、茶色が独特。コーヒーを煮詰めて作っていたんです。定着剤の代わりに砂糖を入れて。旅先でも絵を描くときには、このコーヒーを持っていったらしいです」

 芝居と絵。二つの才能を持つ昭和の名脇役は、今ごろ、尊敬してやまない師と二十数年ぶりの再会を果たしただろうか──。

週刊朝日 2014年9月12日号