「理系」が人気だ。就職に役立つ専門知識が学べると考える受験生や親も増えている。物理学、化学、医学部門で相次ぐ日本人のノーベル賞受賞も人気を後押しする。では、理系が得意な「理系脳」はどう育てればいいのだろう。取材してみると、意外なポイントが見えてきた。

 実際に理系は就職にも有利だ。旺文社が2013年10月、全国736の国公私立大学のデータを集計したところ、卒業者に占める進路決定者(就職者+大学院進学者)の割合は、文系学部よりも理系学部が約10ポイントも高いという結果に。

 教育情報会社「大学通信」(東京都千代田区)の安田賢治常務取締役は、

「景気が悪くなると就職に直結しやすい理系学部の人気が上がる。08年のリーマンショック以降、受験生の増加は顕著です」

 医学部は難関だが、薬学部や看護学部もある。理工学部系は苦手意識が強くても、農学部であればなじみやすい人もいるだろう。

「注目は農学部。食品メーカー、バイオ系の研究部門を持つ企業もあるし、農業系の人材を必要とする市町村には、公務員としての就職もある」(安田さん)

 文部科学省も理系脳を育てることに力を入れる。世界の高校生らが競う「国際科学オリンピック」(生物学、数学、化学、物理、情報、地学、地理の計7部門)。日本勢は毎年、ほぼ全部門でメダルを獲得するなど好成績をあげているが、同省は「将来のノーベル賞受賞者が生まれることを期待して」、東京五輪がある2020年前後の国内開催(生物学、地学、情報、物理の4部門)を決定した。

 今年も4分野でメダリストを輩出した筑波大学附属駒場高校(東京都世田谷区)。化学部顧問の梶山正明教諭は、

「座学ではなく、積極的に実験を行い、何事も生徒自身に経験させている。自ら疑問を見つけ、考えることで、研究に対するモチベーションも上がっていく」

 科学五輪も筑波大附属駒場高校も、成績優秀なエリートたちが集う場とはいえ、基本は「手を動かし、考える」。

 これを応用すれば、家庭でも理系脳を育てることができるはず。京都府内の理科を専門とするある小学校教諭の男性は、

「生まれつき理系に興味がない子どもはいません。何の音? どんな味? 押したらどうなるの? 犬はなぜ吠えるの? なんでも聞いてきます。そのとき、親から理解のできる返事が返ってきたら、それがいつか子どもにとって得意な分野になっていきます」

 
 もっとも、理系は苦手だという親も多いのでは?

「わからなくても大丈夫。一緒に調べてみようと声をかけ、納得できるまで一緒に調べればいいのです」

 子どもと一緒に動物園や水族館、ハイキングに出かけたり、夏休みの自由研究を一緒にやったりするのもいいという。

『わが子を理科系に育てる本』の著書がある精神科医で緑鐵受験指導ゼミナール代表の和田秀樹氏は、

「算数や理科が得意な子は、きちんと答えを求めようとするので我慢強い子になるのは間違いない」

 と、「理系脳」に太鼓判を押す。

「カギは、勉強が難しくなる9歳のころ。とにかく褒めて、自信をつけてあげましょう。考えることは苦しいこと、面倒なことではなく、頭を使っていろいろな道筋を想像するゲームなんだと思ってくれれば大成功。親がやるべきことは、自分も考える習慣をつけることです」

 だが、和田氏は続けて、こうも指摘する。

「『理系』『文系』と分けて考えることには反対です。今は、新しいことを試してみようという『実験的精神』が役立つ時代。日本人に足りない、アイデアを出す力であり、それがあれば勝てる。文系、理系ではなく、総合的な力をつけることが何より大切です」

 前出の小学校の男性教諭も同様の指摘をする。

「理系といっても、資料を読んだり調べたりするときに、文章を読み、理解し、表現する国語力が必要です。偏ることなく、すべての力をバランスよく育てることが大切です」

 となると、そもそも「理系」とは、なんなのか。

『サイエンスの発想法』の著書がある京大の上杉志成教授(化学生物学)は、

「理系だけが『サイエンス』ではありません。文系にも『サイエンス』はあります。人と人の関係を考えるなら社会科学だし、文学、経済学、教育学にもサイエンスの要素が多分にある。文系と理系を分けて考えるのは、日本特有の受験制度でしかなく、正しい教育方法ではないと思います。すべての能力は関連していると考えなければいけない」

 では、サイエンスとは?

「『人を説得できる力』だと思います。物事を洞察し、論理的に語り、客観的に考えて、問題の解決法を万人に納得させる力です。それは、理科だけやっていてもダメなことは明らかです」

 バランスよく多くの経験をさせてあげること。そう考えれば「理系は苦手!」と思っているお父さん、お母さんも、少し気楽に「理系脳」を育ててあげることができそうではありませんか?

週刊朝日  2014年9月5日号より抜粋