埼玉県富士見市のベビーシッターの事件から見えてきた、働く母親の過酷な現実。自身も働きながらの子育ての経験がある、作家の室井佑月氏は、その大変さを次のように話す。

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 春休みで地方の寮のある学校に通っている息子が帰って来た。なにかごちそうを作ってやろうと思い、嫌がる息子を連れてスーパーへいった。たくさん買い過ぎて、荷物は五つになった。あたしのぶんも荷物を持ち、さっさと歩き出す息子の後ろ姿を見て、涙ぐんだ。いつの間にかあたしより大きくなっちゃって。

 息子が生まれたばかりで離婚してしまったあたし。貧乏な親もいるので、仕事を辞めるという選択肢はなかった。結婚したままであっても、相手は莫大な借金を抱えていたので、仕事は辞められなかった。

 息子は1歳になる前から保育園に預けた。それが当たり前になっていたから、あいつは仕事にいくあたしの後を追ったことはない。膵臓に腫瘍ができ、その摘出手術を受けたときは、仕事と育児が両立できず、泣く泣く田舎にいる親に息子を8カ月間預けた。

 身を切られる思いとは、そういう時のことをいうのかもしれない。先週、某新聞社から、「子供を預け働く親を、室井さんがルポする形で記事にしたい」という仕事がきた。たぶん、埼玉県富士見市で起きたベビーシッターによる男児遺棄事件があったからだろう。担当の記者は女性で、

「母親の辛い立場を、少しでも記事にできたらいいと思う」

 そういっていた。もちろん、あたしはOKした。今日から3日間、その記者と共に、子供を預ける現場、子供を預けて働くお母さんなどを取材してまわる。少しでも親の辛い立場を、世の中に広められたらいいと思う。

 以前、「(母親になったら)産休を当然の権利だという甘えを捨てて会社を辞め、貧乏暮らしをしてでも、子供と一緒にいなさい」などと乱暴なことをいう女性作家がいた。こういうことをいい出す人が出てくると、あたしたち子供を預けて働かなきゃいけない母親は、精神的に追いつめられる。子がいても働かなきゃならない女がいることぐらい、想像力を働かせればわかるだろうに。

 あたしはまだまだ世間は女に厳しいと思う。3月26日付の東京新聞によれば、特別養護老人ホームへの入所を希望しているのに入所できていない「待機者」と呼ばれるお年寄りが全国で約52万2千人いるという。

 少しずつ改善されてきているとはいっても、認可保育所へ入れない待機児童はたくさんいる。そして、政府は配偶者控除を縮小・廃止したいらしい。少子化だから子供を産めといったり、この先、社会保障制度を維持できないから女も働けといったり。介護と育児、その上、稼ぎまで当てにされるって? 女はスーパーマンではない。

 そうそう前出の女性作家だが、彼女は政府の審議会の委員などをしている。安倍政権の教育再生実行会議の委員もしていた。こういう人が女の立場を語って困る。

週刊朝日  2014年4月18日号

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室井佑月

室井佑月

室井佑月(むろい・ゆづき)/作家。1970年、青森県生まれ。「小説新潮」誌の「読者による性の小説」に入選し作家デビュー。テレビ・コメンテーターとしても活躍。「しがみつく女」をまとめた「この国は、変われないの?」(新日本出版社)が発売中

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