『へタウマ文化論』(岩波新書)を上梓した山藤章二さんが、江戸文化から「ゆるキャラ」まで、日本文化に脈々と息づく「ヘタウマ」について、顔面模写でもおなじみのイラストレーター・南伸坊さんと語り合った。

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南:山藤さん、今度の本で、へタウマって言葉に触れられてますね。実はあの言葉、ハッキリ始まりがあるんです。イラストレーターの湯村輝彦さんが命名者です。

山藤:エッ、ちゃんと命名者がいたんですか。

南:そもそもは自分のスタイルの宣言だった。大体、絵描きって子どもの絵や美術教育を受けていない人が描いた絵の強さに惹かれるところがありますよね。湯村さんはそういう絵の力を自分の絵のスタイルにした。でも、これ、ものすごくプロとしては冒険です。相手は絵のシロートですから、一見へタに見える絵は、単にへタだと思っちゃう。ヘタに見えるけど、へタの良さ、面白さをうまく表現したのが、つまりへタウマだと。説明する戦略だったんじゃないですかね。

山藤:いいネーミングですね。見た人、聞いた人を一瞬立ち止まらせる力がある。

南:へタウマ、ウマウマ、ウマへタ、へタへタと4段階あるって説明した。うまいというのは「達者」と言い換えてもいいと思うんですが、達者だけど面白くない絵っていっぱいありますよね。

山藤:私も挿絵賞の選考委員をやっているけど、選考会に行くと、それこそあくびが出るほどうまいのがいっぱいあります。(笑い)

南:フェルメールの「牛乳を注ぐ女」が来日した時、僕も展覧会を見に行ったんです。会場には、同時代のフランドルの画家たちの作品も展示されていたんですけど、みんな、そっちの作品の前はすーっと通り過ぎちゃう。技術的にはみんないわゆるうまい絵です。でも、たくさんあると達者な絵のつまらなさがわかるんですね。じゃ、何が違うのかっていうと、凡庸な画家はうまく描けたことに満足しちゃうけど、フェルメールはきっと当時の水準に満足しなかったんじゃないかと思ったんです。もう必要以上に頑張る人だった。

山藤:フェルメールはウマウマなんだ。

南:そうですね、ウマウマ。で、凡庸なウマイ絵はウマへタだと。へタウマって命名されたことで、その良さが認知されたということではないでしょうか。

週刊朝日 2013年3月22日号