漢方医学は患者の病態に合わせて治療を決める個別治療。このため、同じ患者でも医師によって治療方法が異なることが珍しくない。また、今困っている症状だけでなく、体質の改善まで期待できる。

 日本の漢方界を牽引してきた日本薬科大学学長の丁宗鐡(てい・むねてつ)医師ら3人の専門家が、名医と認定したうちの一人に話を聞いた。聖光園細野診療所(京都診療所)の中田敬吾院長である。

 中田医師にとって、これまで出会った中でも、特に印象に残ったのが20代主婦の患者だった。

 急性前骨髄球性白血病と診断された女性で、小柴胡湯(しょうさいことう)や十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)を処方したところ、ほほ完治した。その後しばらくして、妊娠が判明する。体への負担で再発の恐れがあり、周囲から反対されたというが、本人の強い希望があったため、安胎薬の当帰芍薬散加人参(とうきしゃくやくさんかにんじん)を飲みながら妊娠を継続。その結果、翌年には無事に女の子を出産することができた。

 さらに2年後、再び妊娠したが、このときも当帰芍薬散で妊娠期間を乗り越えて、元気な男児を出産したのだという。

「当帰芍薬散は漢方の安胎薬の代表的な処方ですが、もろもろの害から母子を守ることを実感しました。この患者さんとの出会いが漢方への自信を深めることになりましたね」

 と、懐かしそうに語る中田医師。

「100人の患者さんを治療して99人が治っても、1人が治らなければその治療はまだ完全とはいえない。また100人のうち99人が治らなくても、1人でも治ればその病は決して不治の病ではない。治った1人の中に治療のヒントはあるはずで、100人の中の例外扱いにしてはならないのです」

※週刊朝日 2012年6月8日号