本誌記者が巻き込まれた「ギリシャ危機」 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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本誌記者が巻き込まれた「ギリシャ危機」

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 エーゲ海の島々をめぐるクルーズツアーからの帰り道、港から乗り換えたバスがホテルまで数分のところで急に止まった。付き添ってきた旅行会社のギリシャ人社員が怖い顔で宣言する。

「全員降りて。ここから先は一緒に歩きます」

 10月19日午後9時の首都アテネ中心部。車外に出ると、人影まばらで大きな音も聞こえない。大通りの前方では警官がロープを張り、通行止めにしていた。

 世界各国からの観光客が30人ほど、文句も言わずに細い脇道を歩きだした。エーゲ海は平和でもアテネは違うらしいと、うすうす感づいたのだろう。

 果たして、路面には細かく砕けたガラス片が散らばっていた。道沿いの店のシャッターはひん曲がり、壁にはいくつも穴が開いていた。道端では何かが燃え尽きていた。

 焦げくさい。そう思っているうちに、大量のわさびが目の前にあるような刺激を鼻の奥に感じた。くしゃみが止まらなくなった。昼間は陽気だったイタリア人のツアー参加者がつぶやく。

「催涙弾のガスがまだ漂っているんだろう」

 ホテルに着くころには流れる涙で何も見えなかった。

 この日、ギリシャの官民2大労組がゼネストを打った。アテネでは飛行機もバスも地下鉄も動かなくなり、デモに12万人以上が加わった。デモ隊は国会前に続々と集まり、昼間は警官隊と衝突して石や火炎瓶を投げるほどの騒ぎだった。催涙ガスは警官隊が放ったもの。記者が泊まったホテルは、よりによって国会前広場に面していたのだ。

 ストやデモの矛先は、政府が繰り出す財政赤字の削減策だ。今回は所得税の課税対象者を広げ、年金を一部カット、公務員は給料を削られ、一時帰休も--。

「おれたちの気持ちはわかるだろ? ギリシャ人も日本人も怒って当然だろ?」

 記者に向かって、デモ隊からそんな声も聞こえた。

 だからこそ、この日はアテネを離れてエーゲ海を楽しんできたのだ。神殿も博物館も、国立の施設はストで休んでいる。われながら用意周到だと思っていた。

 しかし、甘かった。

 いつの間にか、ゼネストは翌20日も続くことになっていた。この日は地方都市の古代遺跡ツアーに申し込んでいたものの、直前になって旅行会社からツアー中止の連絡がきた。

「地方都市でもストみたいです。遺跡は休み」

 仕方なくホテルで遅い朝食をとった。「何か投げ込まれると危ない」と窓から遠い席に座らされたが、聞こえるシュプレヒコールの声がどんどん大きくなってきた。収集が止まってゴミだらけの道を歩くデモの人数も見る見る多くなる。比例して嫌な予感もふくらむ。食事も早々に部屋に引き揚げることにした。その後、デモは5万人にふくれ上がり、投石を頭に受けた男性1人が死ぬに至った。

 部屋に戻ってテレビをつけたら、放送局もストのようだった。画面いっぱいにギリシャ語の字幕が映しだされていた。ともあれデモ隊から離れようと外に出た。

 デモ隊は特定のルートを歩いて国会前広場に集まる。沿道ではデパートだろうが銀行だろうが、デモ隊の乱暴狼藉を恐れてシャッターを固く閉ざす。

◆右手にはデモ隊、左手には警官隊◆

 ホテルも同じだった。午後5時過ぎ、宿泊するホテルに戻ろうとしたら、入り口のシャッターがしっかりと下りていた。驚いて右を見るとデモ隊がプラカードを掲げて何かをさけび、左を見ると透明の盾を持った警官隊が無言で並ぶ。両者の距離およそ20メートル。ホテル前の道で入り口を挟んでにらみ合っていた。ど真ん中にうっかり出くわしてしまったわけだ。警官に手ぶりでシッシッと追い払われた。

 すがる気持ちでホテルに電話した。

「入り口が閉まっていますが......」

「騒ぎが収まったらシャッターを開けます」

「裏口は?」

「ありません」

「では、どうすれば?」

「そこでお待ちください」

 とりつく島もなく切られた。つまり、閉め出しを食らったことになる。世界に独りぼっち、家なき中年の気分だった。そこに、ギリシャ人の若い男性がカメラを片手に近づいてきた。

「デモ隊をバックに記念撮影をしていたんだ」

 ぼうぜんとする観光客を見かねて話しかけたという。彼も博物館に勤める公務員だが、過激なデモのやり方には不満を持っていた。

「ふつうの公務員は火炎瓶なんか投げないよ。あれは『無政府主義者』。社会の混乱を望んでいるのさ」

 彼によると、国が倒れるかどうかの瀬戸際のなかで、多くのギリシャ人は増税などを渋々ながらも受け入れようとしている。それだけに腹に据えかねるのは、
「この国に汚職や脱税などの不正がずっとはびこっていること。いままでに政府高官が逮捕されたなんて、聞いたことがない」

 アテネの人は優しかった。「デモなんか見せて申し訳ない」とのおわびを何度か聞いた。ホテルに入れるまでと逃げ込んだカフェでは、店主がコーヒー代を受け取らなかった。

「ギリシャの悪い思い出を持って帰らないでくれよ」

 19日に夕食をとったレストランでもウエーターが、「わたしではなく店からの贈り物です」と、デザートが無料だと勧めてくれた。

 だが、将来も厳しそうだ。

「主な産業である海運の伸び悩みなどで、長期的な再建の展望を描きにくい」(日本貿易振興機構欧州課)

 次の旅では、立ち直ったギリシャが見たい。 (本誌・江畠俊彦)


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