我が家だからできる「心ゆくまでのお別れ」 (1/5) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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我が家だからできる「心ゆくまでのお別れ」

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大川恵実、佐藤秀男週刊朝日#介護を考える#終活

◆「今日もいい日になるぞ」、ふたりで毎朝眺めた日の出◆

 東京都小平市の幸崎順子さん(63)が暮らすマンションの居間には、夫の啓也さんの遺影が飾られ、水や花が供えられている。よくある風景とひとつ違うのは、写真の前の両手で抱えられるぐらいのガラス球体だ。パウダー状にした啓也さんの遺骨が入っている。

「君のそばにいたい」

 啓也さんはそんな気持ちで墓に入らない手元供養を選び、納まりきらない骨を新婚旅行で回った九州などに散骨してほしいと願った。

 マンションの目と鼻の先にはテニスコートがある。大のテニス好きの啓也さんは、よくここでテニスを楽しんだ。小学校の同級生だった順子さんともテニスがきっかけで結婚した。転勤が多いサラリーマン生活で、単身赴任が終わった矢先に前立腺がんが見つかった。主治医は啓也さんに、

「もう末期です。あと1年もつかな」

 と唐突に告げた。2005年11月のことだ。

「悔しい、悔しい」

 と啓也さんは泣いた。

 入院後に大腸にも転移が見つかり、手術をした。その後も入退院を繰り返したが、06年6月には、半年もたないだろうと言われた。

 啓也さんは抗がん剤治療を拒み、痛みを除いてもらうことだけを望んだ。そして、家に帰りたがった。同室の末期がん患者たちが亡くなるのがつらいという。家の食事も恋しがった。

 ヘルパーの資格を持つ順子さんは、家で看取ることを決意する。離れて暮らすが、看護師の娘と介護士の息子の存在も心強かった。

 まず家の改修を頼んだ。車イスで移動できるように、床をフローリングにして段差をなくす。トイレや風呂に手すりをつける。すべて介護保険でまかなった。

 8月から在宅看護が始まった。娘の勧めで依頼したケアタウン小平の山崎章郎医師は、初めて自宅に来たとき、「もう安心して」と順子さんの肩に手を置いた。啓也さんとも握手を交わして、山崎さんは言った。

「余命は半年かもしれないけど、その間にやることをやって家族といっぱい楽しんでください」


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