『BACK HOME』ERIC CLAPTON
『BACK HOME』ERIC CLAPTON

 すでに何度かそのタイトルや制作意図に触れてきたアルバム『バック・ホーム』は、クリーム再結成公演と前後して、ようやく完成。2005年8月にリリースされている。いくつかの「気分転換プロジェクト」を含めると、じつに約2年の歳月を費やした労作だ。

 その4年前に録音されたライヴ盤『ワン・モア・カー、ワン・モア・ライダー』で、クラプトンはすでに、これからは家で待つ人たちがいる者として音楽をつづけていくのだという意思を、さり気なく示していた。『バック・ホーム』は、タイトルはもちろんのこと、ギター・ケースを抱えた男が汽車から降りる姿を描いたジャケットなどによって、その意思をより明確に示したもの。一部で囁かれていた、あるいは誤報されていた引退説をやんわりと否定する作品でもあった。

 意思や意図は明確なのに、なぜ2年もかかってしまったのか? それは、極端に言うならば、クラプトンが聴き手として妻や幼い娘たちだけしか想定していなかったからだ。しかも、何年かたって子供たちが成長してからも、あるいは彼がこの世を去ってからも、恥ずかしく思ったりせず、きちんと聴いてくれるような作品に仕上げたかったのだという。

 そのため、歌詞には徹底してこだわった。いったん完成した曲も、たとえばスタジオからの帰路、ハンドルを握りながら聴き返し、気になるところがあれば修正する。その繰り返しだったのだそうだ。スピナーズの《ラヴ・ドント・ラヴ・ノーバディ》、ジョージ・ハリスンの《ラヴ・カムズ・トゥ・エヴリバディ》、スティーヴィー・ワンダーの《アイム・ゴーイング・レフト》など、カヴァーの選曲からも熟慮のあとがうかがえる。ある意味では、自伝的な内容を強く打ち出していた『ピルグリム』と対を成す、きわめて重要な意味を持つ作品といえるだろう。

 オープニングの《ソー・タイアード》は三姉妹の真ん中の子の泣き声で幕を開ける。歌詞は、「育児で寝る間もない」といった内容。ジャケットを開くと、若い妻とお嬢さんたちに囲まれてギターを弾く60歳のクラプトンがそこにいる。終盤の《ラン・ホーム・トゥ・ミー》にいたっては、まるであの芦屋雁之助の《娘よ》の世界。正直なところ、聴いているほうが照れてしまう部分も少なくないのだが、歌詞にこだわった結果ということなのか、ギターやヴォーカル、全体のサウンドもかなり充実している。とりわけ《ラヴ・ドント・ラヴ・ノーバディ》のリード・ギターはこの時期のベストといってもいいだろう。[次回7/22(水)更新予定]

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大友博

大友博

大友博(おおともひろし)1953年東京都生まれ。早大卒。音楽ライター。会社員、雑誌編集者をへて84年からフリー。米英のロック、ブルース音楽を中心に執筆。並行して洋楽関連番組の構成も担当。ニール・ヤングには『グリーンデイル』映画版完成後、LAでインタビューしている。著書に、『エリック・クラプトン』(光文社新書)、『この50枚から始めるロック入門』(西田浩ほかとの共編著、中公新書ラクレ)など。dot.内の「Music Street」で現在「ディラン名盤20選」を連載中

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