「ベストセラー解読」に関する記事一覧

日本語のために 池澤夏樹=個人編集 日本文学全集30
日本語のために 池澤夏樹=個人編集 日本文学全集30
日本語がこんなにも豊かで多様だったとは! 驚いたというよりも、感動した。 『日本語のために』は「池澤夏樹=個人編集 日本文学全集」の第30巻。 「古事記」から現代までさまざまな日本文学を集めた全集のなかで、この巻は異色だ。まるで文体カタログである。たとえば「六月晦大祓」という祝詞。「みなづきのつごもりのおほはらへ」とルビがついている。奈良時代の日本語だ。菅原道真や良寛の漢詩もある。「仏教の文体」として「般若心経」と蓮如の「白骨」を、それぞれ原文と伊藤比呂美による現代語訳で紹介している。  周辺的に扱われがちな言葉も入っている。琉球語からは「おもろさうし」と「琉歌」が、アイヌ語からは「アイヌ神謡集」「あいぬ物語」「萱野茂のアイヌ語辞典」が紹介されている。そうそう、「キリスト教の文体」の章に出てくる「ケセン語訳 マタイによる福音書」は、東北の気仙地方の言葉であるケセン語で書かれている。  言葉のことになると、人は頑迷固陋なナショナリストになりがちだ。「乱れている」「誤用だ」と怒ったりして。でも、7章「音韻と表記」や10章「日本語の性格」を読むと、凝り固まった日本語観がほぐれてくる。  9章「政治の言葉」にある丸谷才一「文章論的憲法論」には教えられるところが多い。丸谷は大日本帝国憲法と日本国憲法を、日本語の文章という観点から比較して論じ、後者のほうがまだましなのだという。日本国憲法のほうが、ものごとを論理的に伝えようとしているからだ。  本書はすべての日本語を読む人書く人におすすめだ。一家に1冊、いやひとり1冊。
ベストセラー解読
週刊朝日 9/29
〆切本
〆切本
私はいま、迫りくる〆切り時刻に怯えながら『〆切本』について書こうとしている。  この本には明治から現代までの名だたる作家、詩人、学者、漫画家ら90人が綴った〆切りにまつわる話、94篇が掲載されている。出典はエッセイ、対談、手紙、日記まで及び、どの文章にも隠しきれない本音がほとばしる。  たとえば、夏目漱石は虚子への手紙で〆切日の延長を請い、泉鏡花は書き出せば早いのだがと言い訳を記し、横光利一にいたっては、〈書けないときに書かすと云ふことはその執筆者を殺すことだ〉と逆切れして臆さない。遅筆王の異名をとった井上ひさしは、自身を強制的に缶詰にならないと書けない患者として分析し、「井上氏病」なる病名で医学史に名を残すかもしれぬと自嘲する。  一方、吉村昭や村上春樹など〆切りをきっちり守る作家の文章も紹介されているのだが、「早くてすみませんが……」と書き添えて原稿を送る吉村は、自分を小心者と断定。〈全く因果な性格である〉と嘆いている。  編集者との間に設定された〆切りは、当然ながら大事な約束である。だから、破るとなると心苦しい。心苦しいから言い訳も考える、あるいは唐突に創作意欲に火がつき、遅ればせながら執筆に没頭する。そして、自分でも想像だにしなかった傑作をものしたりする。 〈仕事はのばせばいくらでものびる。しかし、それでは、死という締切りまでにでき上る原稿はほとんどなくなってしまう〉  外山滋比古のこの文章は至言だ。〆切りは人生の小さな関門で、生きている間はずっと付きあうしかない……。
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週刊朝日 9/22
罪の声
罪の声
もしもグリコ・森永事件で脅迫に使われたのが、幼いころの自分の声だったら……。塩田武士の『罪の声』は、大人になった「声の主」が事件の真相に迫るミステリーである。  3億円事件と並んで昭和最大の未解決事件と呼ばれる「グリ森」。同事件を題材にして、たくさんのノンフィクションや小説が書かれてきた。 『罪の声』は固有名詞こそ置き換えられているが、事件の発生から終息までの経緯は、事実を忠実になぞっている。ぼくも昔、事件現場を訪ね歩いたことがあるが、記述はかなり正確だ。しかも、たんなる事件再現小説ではなく、犯行に加担させられた子どもの人生を描くという、まったく別次元の物語をつくり出したところが見事だ。  小説としての仕掛けが巧みだ。父の遺品から幼い自分の声のテープを発見する俊也。京都でテーラーを営む彼は、父と事件の関係を解明しようとする。一方、同じころ、新聞記者の阿久津は、特集企画で事件の真相究明を命じられる。厳しい上司にドヤされながら、タマネギの皮を剥くように少しずつ事件の芯に迫っていく。英国まで足をのばしつつ。  物語を貫くのは、子どもを事件に巻き込むのは許せないという気持ちだ。脅迫文のこっけいさや振り回される警察の姿などから、犯人を反権力のヒーローに見立てるむきもあるが、作者の姿勢はぶれない。脅迫メッセージに使われたのが子どもであるだけでなく、毒物を入れた菓子で狙われたのも不特定多数の子どもなのである。  現実のグリ森事件の子どもたちは、いまもどこかで生きているはず。この小説をどのように読むのだろう。
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週刊朝日 9/15
「鬼畜」の家 わが子を殺す親たち
「鬼畜」の家 わが子を殺す親たち
自分の子に対して虐待や育児放棄をする親の多くは、本人もそのような環境下で育っている。20年ほど前から指摘されてきたこの事実を、石井光太の『「鬼畜」の家』はあらためて突きつける。  厚木市幼児餓死白骨化事件、下田市嬰児連続殺害事件、足立区ウサギ用ケージ監禁虐待死事件……世間の耳目を集めてさほど時間がたっていない3件の犯人たちは、法廷や、面会に訪れた石井の前で異口同音にこう語った。  私なりに愛していたけど、殺してしまいました。  マスコミで報道される事件の概要だけを追えば、犯人となった親たちは文字どおり「鬼畜」に違いない。しかし、そんな彼らが彼らなりに本気で子どもを愛していたとしたら、むごたらしい事件の真の原因は何なのか? 疑問を抱いた石井は裁判の傍聴や面会の間に犯人たちの親族や知人に取材を重ね、3代までの家族関係を明らかにしていく。  この本のサブタイトルは〈わが子を殺す親たち〉だが、それぞれのルポを読むと、わが子を殺した親たちもまた薄氷の上をどうにか渡ってきた子どもたちだったのだと感じる。彼らは死なずに生き延び、いわば親子間の負の連鎖の果てに、自身が経験した「歪んだ愛し方」でわが子を死なせてしまったのかもしれない。  人は、子どもを産むだけで親になれるわけではない。手本となる親の愛を知らない者ならなおさらだ。だから、石井がエピローグで紹介した特別養子縁組を支援するNPO法人の取り組みは、ほのかな光明だ。子どもが笑って育つために負の連鎖とどう向きあうか──この国の大切な課題の一つである。  過去に学ぶことは多い。
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週刊朝日 9/8
戦争まで 歴史を決めた交渉と日本の失敗
戦争まで 歴史を決めた交渉と日本の失敗
いわゆる「大東亜戦争」を振り返る本を読むたびに、なぜあんなバカなことをしたのかと思う。加藤陽子の『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(新潮文庫)は、その疑問に答える本だった。まるで開戦前夜の当事者たちが憑依したかのように彼らの思考をなぞり、なぜ「それでも、選んだ」のかを考えた。  新著『戦争まで』は、いわばその続編。今度のキーワードは「選択肢」だ。他にも取り得た道はあったのではないかと考える。  前作は神奈川県の私立中高生に向けての集中授業だったが、今回は池袋のジュンク堂書店を会場に、公募された中高生と考える。一緒に史料を読み、ディスカッションしながら戦争突入以外の選択肢を探す。 〈かつて日本は、世界から「どちらを選ぶか」と三度、問われた。〉と表紙にいう。  3度とは、満州事変についてのリットン報告書、日独伊三国軍事同盟、そしてハル・ノートである。いずれも、当時は「これしかない」という空気が作られ、現在も「日本は戦争に追い込まれた」といういいかたがされる。しかし、加藤が中高生たちと史料を読んでいくと、別の様相が見えてくる。  たとえばリットン調査団の報告書。日本国内では、報告書は中国に肩入れしていて、日本は大きな権益を失う、といわれていた。しかし必ずしもそうではなかった。むしろ中国側が怒ったぐらい。ところが国内では仮定に仮定を重ねて、リットンのいうなりになれば「必ず」日本には不利なことになるぞ、といういいかたが横行する。他の選択肢は目に入らない。  過去に学ぶことは多い。
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週刊朝日 9/1
コンビニ人間
コンビニ人間
第155回芥川賞を受賞した村田沙耶香『コンビニ人間』の主人公の女性は、子どもの頃から常識に欠けるという理由で変人扱いをうけ、家族にも迷惑をかけてきた。そのために最小限の言葉だけを発し、自発的な行動は避けて生きるようになり、大学1年生のときにコンビニ店員のアルバイトをはじめて初めて、自分も〈世界の正常な部品〉になれたと感じる。  与えられたマニュアルを厳密に守り、ともに働く人々の発言や口調やファッションを模倣して同調さえすれば、「正常」の側にいられる。だから、彼女は生活のすべてをコンビニ中心に過ごすようになり、同じ店舗で18年間アルバイトを続け、恋愛経験のない独身のまま36歳となった。当初は彼女のアルバイトを歓迎していた家族も、今では、やはり「治っていない」のだと腫れ物にさわるように接してくる。うまく協働できていると思っていた同僚たちも、実は奇異な物を見る視線を隠していたのだと、彼女は気づく。 〈正常な世界はとても強引だから、異物は静かに削除される。まっとうでない人間は処理されていく〉  彼女にとってコンビニは正常な世界の象徴だから、そこで求められるルールや態度を死守してきた。しかし、36歳で、独身で、アルバイトで生活していると異物になってしまう現実が彼女を追いつめる。彼女から見れば、周囲の人々も誰かの処世術を模倣することでどうにか「正常」の側に立っているに過ぎないのに……処理される側からこの世界の実相を描く『コンビニ人間』は、ユーモアあふれる観察眼によって私たちの脆弱な「正常」を炙りだす。
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週刊朝日 8/25
日本会議の正体
日本会議の正体
なんで日本は急に右旋回しちゃったんだろう……唖然、呆然、慄然とする。ネットのせいなのか、民主党政権がスカだったからか。  青木理『日本会議の正体』を読むと、こうなった背景が理解できる。  日本会議は右派団体で、安倍政権に強い影響を与えている。閣僚にも関係者は多い。彼らの歴史や思想、運動方法、そして今後について、ジャーナリストが調査し、取材して書いたのが本書である。 「戦後日本の民主主義体制を死滅に追い込みかねない悪性ウィルスのようなもの」と青木はいう。  日本会議はふたつの流れが合流したもので、ひとつは新興宗教の「生長の家」に関係した人びと。もうひとつは靖国神社を頂点とする国家神道の復活を望む人びと。国家神道は「村の鎮守の神様」とは違って明治以降につくられたイデオロギーだから、これも新興宗教といえる。  そういえば公明党と関係の深い創価学会も新興宗教だ。安倍政権は新興宗教に支えられた政権だったのだなあ。  日本会議の結成は1997年だが、源流は半世紀前の右派学生運動にある。彼らは地道に組織を広げ、影響力を強め、地方議会を動かし、国会に議員を送り、右派文化人を動かしてきた。元号法制化運動などの成功体験によって自信を深め、ついには内閣を牛耳るとまでいわれるようになったのだ。 『日本会議 戦前回帰への情念』(山崎雅弘著、集英社新書)や『日本会議の研究』(菅野完著、扶桑社新書)も併せて読むと、彼らがよくわかる。  気をつけよう、勇ましいことばと日本会議。
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週刊朝日 8/12
記憶の渚にて
記憶の渚にて
白石一文の最新刊『記憶の渚にて』は、タイトルどおり記憶をテーマにした3部構成の長篇小説だ。  物語は、世界的にも著名な日本人作家の不審死とその弟が抱く疑念からはじまる。兄らしくない遺書の内容、遺品から見つかった自分たちの家族の歴史を綴った出鱈目だらけの随筆「ターナーの心」──過剰なまでに聡明だった兄がどうしてこんな文章を書いたのか? さらには、兄の死を電話で知らせるよう指示してきた人物が誰なのかもわからない。かくして、弟は兄の死の真相を探ろうと動きだす。  ちりばめられた謎は調べるほどに新たな謎を生む。新興宗教の歴史もからみ、物語の舞台は兄弟の郷里、東京、筑波、大阪、広島、イギリスへと移動する。壮大なミステリーとしても堪能できる作品であるのは間違いないが、謎解きとともに読者は、記憶と自分の関係について考えさせられるだろう。  たとえば、〈記憶というのは、私の内部に存在するのではなく、私の外部に大きな海のようなものとして広がっているのではないか〉という作中に出てくる仮説に従えば、その渚には、人類や血縁者が脈々と受け継いできた記憶がよこたわっていることになる。そして、海岸に打ちよせた波の一端である私にも海の記憶はまじっているに違いない。  どこかオカルトめいてはいるが、現代科学では解明できていないこの仮説を基調に展開する物語は、だからこそ小説を読む醍醐味を味わわせてくれる。私はこのダイナミックな作品を読んでいる間、何度も亡き両親や愛猫のことを思いだし、自分が今こうしている不思議に感謝した。
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週刊朝日 8/4
パルプ
パルプ
本屋に行ったら、『パルプ』の帯が前の週とは違うものになっていた。「伝説の怪作、解禁!」「やっと手に入る!」などと赤・黄・紺の文字で手書きふう。好評・大増刷につき帯を変更したようだが、場末の洋品店のポスターみたいなチープ感がいい。  著者のブコウスキーは、だめな男を描かせたら超一流のアメリカの作家。本書は94年に死んだ彼の遺作である。帯に「やっと手に入る!」とあるのは絶版だったからだ。95年に単行本が学研から出た後、新潮文庫に入り、それが絶版になってからは幻の傑作といわれてきた。今回ちくま文庫に入って売れ行き好調なのは、待っていた人がいかに多いかを示している。  ストーリーはむちゃくちゃだ。私立探偵ニックは「セリーヌをつかまえてほしいのよ」と依頼される。セリーヌといっても、ハンドバッグや歌手ではない。『夜の果てへの旅』で知られる反ユダヤ主義作家だ。とっくに死んでいる。依頼人は死の貴婦人、つまり死神。「目もくらむ素晴らしい体」だ。さらに赤い雀を探してくれだの(『マルタの鷹』のパロディ?)、妻の浮気調査をしてくれだのといった仕事も舞い込んでくる。しかし自称スーパー探偵のニックの仕事ぶりはいいかげんで、酒場と競馬場に入り浸るばかり。ついには美女宇宙人まで登場する。  緻密なプロットなんて一切なし。1ページに3回ぐらい下品な言葉や描写が出てくる。タイトルは粗悪な紙で大量生産される通俗エンタメ小説誌のこと。ハードボイルド小説への皮肉や批判なのか、それともこの世の中はまるでパルプ・フィクションだぜ、という意味なのか。
ベストセラー解読
週刊朝日 7/28
求愛
求愛
今年94歳になった瀬戸内寂聴が初めての掌小説集、『求愛』を上梓した。  骨折や胆嚢がんの手術による休載をはさみながら文芸誌に書きつがれた30篇。どれも原稿用紙5枚前後と短いが、老若男女を問わない主役の幅広さや表現形式の自在さもあって、まったく厭きさせない。何より、これ以上は無理だろうと思わせるまで削られた文章の連なりが滑らかで、読みはじめたらそのまま最後まで目が流れていく。  だから、個々の話はすぐに読み終わる。読み終わるのだが、そう簡単には前に進めない。あえて喩えれば、何気なくのぞいた窪地の穴の奥に底の見えない闇を見てしまったような、ほのかな恐怖を覚えて次へ行けないのだ。  闇を生みだしているのは全篇に共通して描かれる、男と女の愛欲の始末の悪さだろう。そこには男女の身勝手や打算が見え隠れするのだが、さらにのぞけば、そうするしか生きる実感を味わえない人々の業がヘビの群れのように蠢いている。うんざりするほど愚かで非情で哀しい、私の中にもある宿痾。寂聴はそれらを淡々と描き、闇の先にひかえる死まで射程に入れて物語る。  エロスがついてまわる生と、それを失う死。僧侶でもあるという理由だけでなく、長く激しく生きてきた寂聴は、一方で多くの死と向きあってきた。生と死の境にあるさまざまな性の形も体験し、そして見てきたに違いない。その上で、94歳にしてこのような彫琢をつくした底光りする掌小説集を編んでみせたのだ。  90代にして新たな小説世界を生みだす、瀬戸内寂聴。私はここ数日間、彼女の凄味に痺れている。
ベストセラー解読
週刊朝日 7/21
現代思想の遭難者たち
現代思想の遭難者たち
哲学や思想を漫画で解説する本はいろいろある。古くは「リウスの現代思想学校」シリーズ(晶文社)、最近では「まんがで読破」シリーズ(イースト・プレス)など。だが、いしいひさいちの『現代思想の遭難者たち』は、そうした難解な思想を漫画で理解しようという本とはひと味違う。解説ではなく、現代思想をネタにしたギャグ漫画、四コマ漫画なのだ。  もとは西洋現代思想を紹介した『現代思想の冒険者たち』全31巻の月報に連載された漫画だ。大幅に加筆して単行本として刊行したところ、本家『~冒険者たち』をしのぐ評判となり、のちには増補版も出た。そして今回、文庫化。講談社学術文庫に四コマ漫画が入るのは初めてではないだろうか。  ハイデガーやウィトゲンシュタイン、デリダなど、20世紀を代表する思想家たちが登場する。ネタはその思想家のキーワードとなる用語や伝記的エピソードだ。フッサールの「現象学的還元」とかレヴィナスの「顔」、ベンヤミンの女癖が悪かったことなど。思想家たちの顔も似ている。しかも、ちゃんとオチがあって笑わせる。そこがイラストで図解したり漫画化した解説書とは違うところだ。思想家事典、現代思想キーワード事典としても使えて、意外と実用的でもある。編集部による的確な注もいい。  笑いながら読んでいて、ふと疑問がわいた。いしいひさいちは、これらすべての思想家の著作を読み解き、理解した上で漫画にしたのだろうか。それとも、専門用語やエピソードを適当に拾って漫画に仕立てただけなのだろうか。前者だったらすごいが、後者だったらもっとすごい。
ベストセラー解読
週刊朝日 7/14
ギケイキ 千年の流転
ギケイキ 千年の流転
デビュー20周年を迎えた町田康の最新刊『ギケイキ 千年の流転』は、こんな文章ではじまる。 〈かつてハルク・ホーガンという人気レスラーが居たが私など、その名を聞くたびにハルク判官と瞬間的に頭の中で変換してしまう〉  ここでの「私」とは、判官贔屓の語源となった源義経のこと。共闘したはずの兄に追われて非業の死をとげたからか、義経の意識は成仏せずに今も浮遊していて、いきなり駄洒落をかまして自伝を語りだす。  この語りが絶品で、古語とネット用語まで含めた現在の言葉が絶妙にからみ、つながり、口承の臨場感をもってテンポよく展開していく。たとえば源氏復興への意気込みは、〈平家、マジでいってこます〉となる。  史伝物語『義経記』を下敷きにしながらも註釈はどこにもなく、町田節とでも呼びたい一人称の饒舌な文体に乗せられて読み進めるうちに、遠い過去の若者たちの純真や蛮行が鮮やかに眼前に見えてくる。町田に憑依した義経が自在に当時と現在を往還し、私たちがガハハッと笑いながら読めるよう書法に配慮してくれているからだろう。  こうして片仮名の『ギケイキ』は牛若時代から弁慶との出逢い、そして頼朝との対面直前までを描き、スピードとファッションに異様にこだわる義経の特性を明らかにした。すぐにでも続巻が読みたくなった私は、代わりに池澤夏樹編集の日本文学全集8巻に収録されている、町田が訳した『宇治拾遺物語』を再読。ここでも古い説話を私たちの業の噺に変えてみせる言葉の力を、笑いながら堪能している。
ベストセラー解読
週刊朝日 7/7
この話題を考える
大谷翔平 その先へ

大谷翔平 その先へ

米プロスポーツ史上最高額での契約でロサンゼルス・ドジャースへ入団。米野球界初となるホームラン50本、50盗塁の「50-50」達成。そしてワールドシリーズ優勝。今季まさに頂点を極めた大谷翔平が次に見据えるものは――。AERAとAERAdot.はAERA増刊「大谷翔平2024完全版 ワールドシリーズ頂点への道」[特別報道記録集](11月7日発売)やAERA 2024年11月18日号(11月11日発売)で大谷翔平を特集しています。

大谷翔平2024
アメリカ大統領選挙2024

アメリカ大統領選挙2024

共和党のトランプ前大統領(78)と民主党のハリス副大統領(60)が激突した米大統領選。現地時間11月5日に投開票が行われ、トランプ氏が勝利宣言した。2024年夏の「確トラ」ムードからハリス氏の登場など、これまでの大統領選の動きを振り返り、今後アメリカはどこへゆくのか、日本、世界はどうなっていくのかを特集します。

米大統領選2024
本にひたる

本にひたる

暑かった夏が過ぎ、ようやく涼しくなってきました。木々が色づき深まる秋。本を手にしたくなる季節の到来です。AERA11月11日号は、読書好きの著名人がおすすめする「この秋読みたい本」を一挙に紹介するほか、ノーベル文学賞を受賞した韓国のハン・ガンさんら「海を渡る女性作家たち」を追った記事、本のタイトルをめぐる物語まで“読書の秋#にぴったりな企画が盛りだくさんな1冊です。

自分を創る本
「憲法改正」の真実
「憲法改正」の真実
どうやら自民党と公明党は憲法問題を参院選の争点から隠すらしい。だが選挙後に改憲工作を始めるのは見え見えだ。集団的自衛権や戦争法(安保法)がそうだったように。だから、彼らがなにをやろうとしているのか、よく考えなければならない。 『「憲法改正」の真実』は改憲問題を考える最良のテキストだ。護憲派の泰斗・樋口陽一と改憲派の重鎮・小林節による対談である。自民党の憲法草案について、条文のひとつひとつを読み解きながら、憲法としてどこが問題なのかを指摘している。  自民党の草案というのは、さらりと読んだだけだと、いまひとつピンとこない。なんか古めかしいなという違和感があるだけ。だが二人の憲法学者による対談によって、見すごしてしまいそうなところに大問題が隠されているのがあばかれる。  いちばん深刻なのは、国民と国家、憲法と国家、国民と憲法の関係が、現在の日本国憲法とは逆転してしまうことだろう。憲法は国家が暴走しないよう、歯止めをかけるためにある。国民が憲法を通じて国家を縛っている。ところが自民党草案では、憲法もほかの法律と同じく、国家が国民を縛ろうとする。草案の行間からにじむのは、日本国憲法に対する憎悪と、「国家あっての国民でしょ」という強烈なオカミ意識だ。たんなる戦前回帰ではない。  自民党はいきなり9条からでなく、緊急事態条項から改憲に手をつけてくるだろう。テロや大地震に対応するためなんて口実で。だがその気にさえなれば現行法でも対応できるのは、熊本の地震でも実証済みだ。自民党や公明党やお維新には騙されないぞ。
ベストセラー解読
週刊朝日 6/30
夜を乗り越える
夜を乗り越える
芸人で作家の又吉直樹は、『火花』で芥川賞を受賞する前から、テレビ番組や雑誌で本の魅力について何度となく語っていた。その語りは訥々としたものであっても、紹介する作品を彼がきっちり精読した上で愛でていることは、はっきりと伝わってきた。書物、特に小説に淫してきた者ならではの気配を感じ、その点については同じように生きてきた者として好感をもった。  又吉の最新刊『夜を乗り越える』は、彼の「愛書論の集大成」のような一冊だ。中学時代に初めて文学に遭遇したときの感覚をはじめ、なぜ本を読むのかという問いに、自身の体験をからめて丁寧に答えている。その中で興味深いのは、日本近代文学への熱のこもった高評価だ。 〈悩んで悩んで文句を言っている人の言葉の方が響きやすかった。近代文学は僕にとってまさにそれでした〉  学生時代だけでなく、売れない芸人として過ごすパッとしない日々に抱きつづけている感情を、太宰や芥川や漱石らとっくに亡くなっている作家が言葉にして書いている。理想と現状のギャップに悩み、時に怒り、時に苦悩に溺れかかる登場人物たち……。そこで出逢った言葉はいつしか自分の人生や生活の実感と結びつき、この本のタイトルどおり、暗黒の夜を乗り越える力となっていった。又吉は文学に救われて生きてきたのだろう。  思えば、『火花』もまた若手芸人の苦悩を描いた作品だった。読む人は書く人になり、現在どこかで悶々としている若者へ救いの言葉を投じてみせた。そしてこの本を通し、生き延びるための古くて新しい手段として文学の効用を説いた。ぜひ学生に読んでほしい。
ベストセラー解読
週刊朝日 6/23
何度でもオールライトと歌え
何度でもオールライトと歌え
アジアンカンフージェネレーションというバンドがある。略してアジカン。テレビにほとんど出ないが、若者を中心に絶大な人気を誇る。 『何度でもオールライトと歌え』は、アジカンのボーカル、後藤正文による初のエッセイ集。アジカンの公式サイトに掲載された日記を編集したもので、東日本大震災以降の後藤が考えたことや感じたことが書かれている。  音楽の話、アルバム制作やコンサートの話、身辺雑記もあるけれども、ぼくがグッときたのは、原発問題や改憲・安保問題についても率直に意見を述べているところだ。官邸前デモに参加していることについても書いている。 〈ミュージシャンは音楽だけをやっていろ、という言葉を割とよく見かけるのだけれども、政治的なものとそうでないものがパキッとふたつに分かれていると考えるのは間違いだと思う〉と後藤はいう。  同感だ。ギターのコードの先が発電所につながるように、日常のあらゆるものは政治につながっている。  とはいえネット時代、政治的発言をすることへのバッシングもすさまじいようだ。反原発や護憲を語るだけで、「お花畑」などと侮蔑の言葉を投げつけてくる輩もいることが、後藤の文章からもうかがえる。音楽活動に影響はないかと、ちょっと心配になる。  それでも後藤は、憎悪の言葉に憎悪で返すのではなく、対話を求め続ける。関係を断ち切れば楽なのに、あえて引き受けようとしているのだ。それもまたミュージシャンの仕事であるかのように。たのもしくて、かっこいい。アジカンの音楽がますます好きになった。
ベストセラー解読
週刊朝日 6/16
無私の日本人
無私の日本人
先月から上映されている映画「殿、利息でござる!」は、テレビ番組でもおなじみの歴史学者、磯田道史の評伝『無私の日本人』の穀田屋十三郎篇を原作としている。  時は明和3(1766)年、仙台藩の重い課役によって破産や夜逃げが相次ぐ宿場町で、町の将来を憂う十三郎は、知恵者の菅原屋篤平治から秘策を打ちあけられる。藩に千両を貸し付け、毎年その利息を受けとって貧しい町民に配るという奇手である。意を決した十三郎と篤平治は数人の商人や庄屋を説き伏せ、彼らは自分たちの家が傾くのも覚悟で私財を投げだし、この無謀な計画を実行していく。途中で策が明るみに出れば、打ち首は避けられない。それでも、十三郎らはひたすら町の存続を願って遂行。6年かけて実現してみせた。  しかも、金を出した9人は、自分の行った行為を善行ととったり口外したりすることを子々孫々にいたるまで禁じ、「つつしみの掟」として守りとおした。その証拠に、彼らの偉業は世に知られず、磯田がこの本を出版した後も、名乗り出る子孫は誰ひとりいなかった。 〈ほんとうに大きな人間というのは、世間的に偉くならずとも金を儲けずとも、ほんの少しでもいい、濁ったものを清らかなほうにかえる浄化の力を宿らせた人である〉  磯田はあとがきにこのように書いている。本書に収められた江戸時代を生きた他の2人、中根東里と大田垣蓮月も、過剰なまでに浄化の力が宿る無私の人だった。  映画がきっかけでもいい、この原作を通して、功名や虚栄とは違う幸福のあり方を探る人がほんの少しでも増えればと願う。
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週刊朝日 6/9
このあと どうしちゃおう
このあと どうしちゃおう
死んだおじいちゃんが遺したノート。そこには、死んだあとの予定や、神様へのリクエスト、天国の予想図などが書かれていた……。ヨシタケシンスケの絵本『このあと どうしちゃおう』である。  エンディングノートといえば、終末医療や葬儀についての希望、遺産相続についての指示など、とかく堅いものになりがちだ。でもこのおじいちゃんのノートは愉快。「てんごくにいくときのかっこう」や「うまれかわったらなりたいもの」など、死んだあとの夢が語られている。「いじわるなアイツはきっとこんなじごくにいく」には大笑いしてしまう。地獄の制服はチクチクして着心地が悪く、靴はきつくていつも小石が入っているらしい。  ノートを読んだ「ぼく」は考える。おじいちゃんは死ぬのが楽しみだったのか? もしかしたら逆で、ほんとうは寂しくて、怖かったのかもしれない。そして、自分もノートを買って、書きはじめる。  この絵本のテーマは死。センチメンタルでも荘厳でもなく、ごく普通の日常の延長で考えている。本に挟み込んだパンフレットに、著者のインタビューがある。 「死は茶化しちゃいけないっていうムードがあるけど、世の中ふざけながらじゃないと話しあえないこともたくさんある」とヨシタケはいう。  本書は『りんごかもしれない』『ぼくのニセモノをつくるには』につづく、「発想えほん」の第3弾だ。  見慣れた風景も、ほんの少し角度を変えたり、別の要素を加えることで、まるで違ったものに見えてくる。子どもだけでなく、大人、それも老人におすすめしたい絵本だ。
ベストセラー解読
週刊朝日 6/2
日付の大きいカレンダー
日付の大きいカレンダー
岩崎航は3歳で筋ジストロフィーを発症した。年齢を重ねるごとに筋力は衰え、40歳になった現在、胃ろうからの経管栄養、そして人工呼吸器を24時間使って生きている。  何をするにも介助は不可欠だが、岩崎は25歳から詩を書きはじめて五行歌を詠むようになり、3年前には、詩集『点滴ポール 生き抜くという旗印』を上梓した。反響は大きかった。私もすぐに読み、いくつもの短詩が放つ命に向きあう誠実さに愕然とした。 〈選択肢の無い/状況であれ/決断/は/必要なのだ〉  生活の幅も、人生の余地もひどく限られた中で、それでも生き抜くと決めた詩人の言葉は、穏やかに沸騰していた。制限されているが故に濃縮された「生」の輝きと、凄味。どこにも散漫はなかった。間延びした日々をつい送っている者にすれば、それらは、いつしか目を逸らしてきた命の本質でもあった。  そんな「生」の結晶のような詩を詠む岩崎の初エッセイ集『日付の大きいカレンダー』には、詩の背後にあった彼の過去が書かれている。それは予想どおり壮絶で、17歳のころに自殺願望に囚われたとあっても不思議はないとさえ感じる。ならば、なぜ彼は、病状が悪化するなかで生き抜くと決意できたのか?  この問いを抱えて読むうちに、私は何度か「光源」という言葉を目にした。岩崎は「病魔」に対抗して生き抜くための光の源を、両親や姉や同じ病を抱える兄、介護者といった人だけでなく、自然や本の中にも発見したのだった。 〈日付の大きい/カレンダーにする/一日、一日が/よく見えるように/大切にできるように〉
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週刊朝日 5/26
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池上彰と佐藤優が解説 ウクライナ情勢とトランプ次期大統領の戦争停戦の「やり方」
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米大統領選2024
AERA 8時間前
教育
知らないことを「ググる人」は時代遅れ…東大教授が毎日使っている「無料で高性能の検索サービス」
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プレジデントオンライン 1時間前
エンタメ
Snow Man・深澤辰哉が大人の恋愛に挑戦 「そのままでいてくれればいい」ナチュラルな魅力〈木曜劇場「わたしの宝物」第6話きょう放送〉
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深澤辰哉
AERA 17時間前
スポーツ
〈見逃し配信〉立浪監督とともに中日を去る和田一浩打撃コーチに他球団が熱視線 「西武はコーチ打診すべき」の声が
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中日
dot. 9時間前
ヘルス
「寿命を決める臓器=腎臓」機能低下を示す兆候5つ  ダメージを受けてもほとんど症状が表れない
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東洋経済オンライン 2時間前
ビジネス
〈見逃し配信〉「下請けでは終わりたくない」町工場で募らせた思い アイリスオーヤマ・大山健太郎会長
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AERA 8時間前