AERA with Kids+ Woman MONEY aerauniversity NyAERA Books TRAVEL

BOOKSTAND

【「本屋大賞2020」候補作紹介】『ムゲンのi』――眠り続ける奇病に医師が「霊能力」で挑む! 夢に入り込み患者を救う新感覚「医療ミステリー」
【「本屋大賞2020」候補作紹介】『ムゲンのi』――眠り続ける奇病に医師が「霊能力」で挑む! 夢に入り込み患者を救う新感覚「医療ミステリー」 BOOKSTANDがお届けする「本屋大賞2020」ノミネート全10作の紹介。今回、取り上げるのは知念実希人著『ムゲンのi』です。 ******  2年連続で本屋大賞ノミネートとなる知念実希人さんは、実は小説家でありながら現役の医師。医師ならではの視点で描く作品は、医療ミステリーの旗手として人気を博しています。  2019年本屋大賞ノミネートの『ひとつむぎの手』では、心臓外科を舞台にした医療ミステリー×ヒューマンドラマを描きました。今回は神経内科医の主人公が活躍。ファンタジー要素を強めた著者の新境地ともいえる1冊です。  日本最大規模の神経精神研究所付属病院に勤める若き女医・識名愛衣(しきな・あい)は、難病患者を受け持っていました。病名は「特発性嗜眠症候群(とくはつせいしみんしょうこうぐん)」。通称「イレス」とも呼ばれるその病は、睡眠状態から昏睡状態に陥り目覚めることがなく、世界でもわずか400例しか報告されていない奇病でした。  それにもかかわらず、日本で患者が4名発症。しかも、患者たちは「同じ日」に発症しており、東京西部エリア在住という奇妙な共通点を持っていました。識名は先輩の杉野華(すぎの・はな)とともに治療に挑むも、これが何を意味しているのか、答えを探すも手がかりすらつかめない状況。わかっている情報は、どうやら彼らが「生きているのが嫌になるぐらいつらいこと」を経験しているということでした。  すでに40日間も眠り続けている患者たち。行き詰まった識名に手を差し伸べたのは、祖母でした。祖母は、病気を治す「不思議な力」を持つ沖縄の霊能力者「ユタ」です。つらい経験があるとマブイ(魂)が弱くなり、誰かに吸い込まれると眠ったままずっと起きないこと、その状態から回復するためには体にマブイを戻す魂の救済「マブイグミ」が必要だということを教えてくれます。  医師である識名は迷信じみた話に疑いを持ちつつも、「イレス」と共通する症状だということに驚き、祖母からユタの力を授かることになります。それは、醒めない夢の世界「夢幻(むげん)の世界」に入り込める不思議な力でした。  識名は患者の1人、片桐飛鳥(かたぎり・あすか)の夢の中に飛び込みます。そこで出会ったうさぎの耳を持った猫「ククル」とともに、患者の過去を追体験していきます。パイロットを目指していたものの、事故によって片目を失明した過去を持つ彼女を救うことができるのでしょうか。そして、浮かび上がる患者たちの共通点とは。  一方同じころ、東京西部で通り魔による猟奇的連続殺人事件が発生。そのニュースを聞き、識名は23年前の「あの事件」がフラッシュバックし、自身のトラウマがよみがえります。識名は自身の過去にも向き合うことに......。  上巻はファンタジー、下巻はミステリー色が強い本書。ファンタジーとミステリーがうまく融合し、違和感なく読み進められます。伏線の回収もお見事の一言。すべてがつながる衝撃のラストは必見です。物語の真相はもちろん、タイトルの意味、ラスト1ページの言葉を知ったとき、胸が熱くなることでしょう。
巨大医療グループ「徳洲会」を一代で築き上げた稀代の医療革命者の決定版評伝
巨大医療グループ「徳洲会」を一代で築き上げた稀代の医療革命者の決定版評伝 日本の封建的な医療組織を飛び出し、一代で巨大な病院グループ「徳洲会」を築いた豪傑・徳田虎雄を皆さんはご存じでしょうか? ある人は医師として、ある人は事業家として、またある人は政治家として彼の名前を耳にしたことがあるかもしれません。  高度成長期の真っただ中、徳洲会はわずか十数年という短い期間で日本一、世界屈指の民間病院グループに成長しました。何度も危機を乗り越えながら、現在も大きな勢力を維持しています。なぜそのようなことが可能であるのか。徳田虎雄の軌跡と、彼のもとに集まった人物たちの群像を通して描かれたノンフィクションが山岡淳一郎著『ゴッドドクター 徳田虎雄』です。本書は2017年に出版された単行本『神になりたかった男 徳田虎雄:医療革命の軌跡を追う』を文庫化したものですが、山岡さんによる加筆・改稿により、さらに深掘りされた読みごたえある内容になっています。  奄美群島の徳之島出身の徳田は、大阪大学医学部を卒業後、1966年に医師としてのスタートを切ります。1973年に大阪府松原市に「徳田病院」(現:松原徳洲会病院)を開院。1975年に医療法人徳洲会を設立し、「年中無休・24時間オープン」「患者さまからの贈り物は一切受け取らない」などの理念を掲げました。高度経済成長期のこの時代、大都市圏でも夜間の救急患者を受け入れる病院は極めて少なかったそうで、24時間診察は医療界の常識を覆す画期的なことだったといいます。しかし、これをよく思わないのが患者を奪われると怖れを抱いた「医師会」。徳田はこれに真っ向から立ち向かい、一種の「国盗り」の様相で医療過疎地に病院を建てまくっていったのです。  徳田の庶民目線の医療変革活動は社会運動と一体化し、彼の理念に賛同した多くの人材が彼のもとに集まりました。本書は徳田の一代記でありながら、周囲の人々の群像劇としての要素も含まれています。まず印象的な人物として挙げられるのは、徳田と同じ徳之島出身で徳洲会ナンバー2と言われた医師・盛岡正博。暴力団・山口組の酒宴の場にどう見ても堅気の盛岡が入っていくという本書の始まり方は、ドラマのような鮮烈なインパクトを読者に与えます。ほかにも、非医師の集まりである側近たち「徳洲会の七人衆」に、封建的な医療組織から飛び出してきた医師たち。徳洲会の躍進にはこうした人々の献身も欠かせなかったことがわかります。  その後、政界へと進出した徳田は、激しい買収合戦や外資との金融争いなどを繰り広げますが、ALS(筋萎縮性側索硬化症)という難病を患うことに......。全身不随になりながらも病床から指示を出し、トップに君臨し続けようとする姿は圧巻です。「ゴッドドクター」というタイトルは、神の腕前を持つ医師という意味ではなく、"神になりたかった男"という意味であることに気づかされます。  本書の最後にある解説で、大阪大学医学部教授の仲野 徹さんは「理念や能力、強引さ、金力のようなものだけで多くの人を引きつけ、一丸となって大仕事を成すことなどできはしまい。カリスマのような魅力がなければ不可能だ」と書いています。  その計り知れないカリスマ性が余すところなく記されている本書。皆さんも徳田虎雄という人間の生きざまを感じ取ってみてください。
【「本屋大賞2020」候補作紹介】『むかしむかしあるところに、死体がありました。』――昔話×ミステリーを楽しめる本格推理小説
【「本屋大賞2020」候補作紹介】『むかしむかしあるところに、死体がありました。』――昔話×ミステリーを楽しめる本格推理小説 BOOKSTANDがお届けする「本屋大賞2020」ノミネート全10作の紹介。今回、取り上げるのは青柳碧人(あおやぎ・あいと)著『むかしむかしあるところに、死体がありました。』です。 ******  「桃太郎」「浦島太郎」「一寸法師」――。日本人なら一度は読んだことがあるだろう昔ばなし。いまや大手通信会社のCMでも物語の設定を生かしたパロディがお馴染みですが、本書もまた昔ばなしをミステリーにアレンジしたユニークな作品です。  数学ミステリー『浜村渚の計算ノート』シリーズなどで知られる著者が、日本の代表的な昔ばなし5作を「一寸法師の不在証明」「花咲か死者伝言」「つるの倒叙(とうじょ)がえし」「密室龍宮城」「絶海の鬼ヶ島」に改題。いかにも推理小説を思わせるタイトルです。そして、その内容もまた本格的。  例えば「つるの倒叙がえし」。もとになった「つるの恩返し」は、全国でさまざまな形で伝承されていますが、一般的には、貧しい老夫婦のもとに、罠から助けられたつるが人間の女性の姿で現れ、機織りで恩返しをするという話です。女性からの忠告「決して部屋を覗(のぞ)いてはいけません」というセリフは誰もがよく知るところでしょう。  本書では、設定が少し変わります。しんしんと雪が降る日、両親を亡くした弥兵衛(やへえ)の家に、父親に金を貸していた庄屋が訪れます。両親の悪口を言われたうえに、借金を返さないなら村から追放すると脅された弥兵衛は、庄屋を鍬(くわ)で殺しています。  庄屋の死体を機織り機が置いてある部屋の奥にある襖(ふすま)で閉ざされた部屋に隠した弥兵衛。直後、「こつこつこつ」と戸口が叩かれました。戸を開けてみると、そこには「つう」と名乗る女性の姿が......。罠にかかった鶴のつうを助けてくれた弥兵衛のもとへ、恩返しのためにやってきたのです。  つうは弥兵衛に「機織りをしているときは決して中を覗かないでください」と忠告。弥兵衛もまた「何があっても、あの襖を開けて中を覗くことはなんねえぞ」と警告したのです。  庄屋が行方不明となり、村人たちは懸命に捜索しましたが発見できずにいました。弥兵衛の家の襖で閉ざされた奥の部屋でさえも......。弥兵衛は庄屋から借金をしていたことから、村人から疑いの目を向けられましたが、あるはずの遺体はこつ然と消えていたのです。一体、どんなトリックを使ったのでしょうか?  ヒントはタイトルにある「倒叙」という言葉。ドラマ『古畑任三郎』のように、ストーリーの最初から犯人や犯行の様子が描写されることを意味します。最後まで読むと、タイトルの意味はもちろん、伏線や誤解に気づくことになり、もう一度初めから読み返したくなるほどの面白さ。驚愕のラストは必見です。  本書は、「一寸法師の不在証明」はアリバイ崩し、「花咲か死者伝言」はダイイングメッセージ、「密室龍宮城」は密室殺人、「絶海の鬼ヶ島」はクローズド・サークル(外界と連絡手段がつかない場所に閉じ込められた状況)というように、ミステリー要素が満載。ファン垂涎の1冊といえるでしょう。  よく知っているはずの昔ばなしが、新たな解釈で現代によみがえる新鮮な驚きと感動を味わえること間違いなしです。
コラムニスト・河崎環、ライター講座「女子的『文章の筋トレ』」を開講!
コラムニスト・河崎環、ライター講座「女子的『文章の筋トレ』」を開講! SNS全盛期の今、ウェブの文章は私たちが日ごろ一番目にするものであると同時に、自分を表現するひとつのツールとして幅広く活用されています。注目されるために大胆さは必要だけれど、炎上、多様性、コンプライアンスといった言葉が取り沙汰されるように、その文章には絶妙なバランスやデリカシーが求められます。そこでおすすめしたいのが、河崎 環(かわさき・たまき)さんによるライター講座「実戦WOMANウェブライティングコース 女子的『文章の筋トレ』、教えます」です。
災害に役立つ情報とともに、車を使って3日間を切り抜ける防災術を紹介
災害に役立つ情報とともに、車を使って3日間を切り抜ける防災術を紹介 1995年の阪神・淡路大震災、2011年の東日本大震災、2018年の西日本豪雨、2019年の台風19号と、大規模な災害に何度も見舞われている日本。そのたびに国で、個人で、防災意識を高めていることかと思いますが、意外と見落としがちなのが災害時における車の活用法です。  そこで、実用的な防災の情報やアイテム、対処法とともに、自家用車を活用したサバイバル術を教えてくれる本書『車シャバイバル!自分で考え、動くための防災BOOK』が役立ちます。  本書において「車バイバル」とは、「車を活用して3日間、災害から家族も自分も守ろう」ということだと定義。本書の前半では、「避難場所に車で行けるのか?」「避難場所として車を使うメリットは?」「災害伝言ダイヤル(171)の使い方を家族全員が知っているか?」「なくなったら困る消耗品は何か?」「自宅に備蓄しておくべきものは?」など、災害における基礎知識全般が紹介されています。    後半ではさらに一歩踏み込んで「72H車バイバル実践編」として、実際に72時間「車バイバル」をするならどうするべきかを想定した内容を紹介。「災害直後の3日間は人命救助が優先されるため、公的な支援はあまり期待できない」(本書より)とのことで、そうした状況のなか車を活用してどう乗り越えればよいかが、初日、2日目、3日目、72時間を乗り越えた後というシチュエーションに分けて詳しく解説されています。  たとえば、車バイバル術の一つとして挙げられるのが「車からの給電」。EVやHV、PHVなど外部給電機能を持つ車の多くは、1500Wまでの給電に対応しているそうです。非常時には電気ケトルや電子レンジ、ホットプレートまで使用できます。調理だけでなく、スマホやパソコンの給電、暖房&冷房器具の使用なども可能。これだけでも車をシェルター代わりにするメリットが見えてきますね。  ほかにも「車中泊でエコノミークラス症候群にならないための予防法」「情報収集をどうするか?」「避難場所や車の中でプライバシーを保つには何が必要?」「車中泊の場合、衛生面で気をつけることは?」といった項目もあり、車バイバルを実践する際の参考になります。  「自家用車を用いたこんなユニークな防災法もあるのか......」と、みなさんにとって目からウロコの情報もあるかもしれません。自身や家族の安全を守るためにも、本書を読んでもしもの事態に備えてみてはいかがでしょうか。
一脚の椅子のみを残し、一家はどこへ消えたのか? 横山秀夫、6年ぶりとなる新作長編小説
一脚の椅子のみを残し、一家はどこへ消えたのか? 横山秀夫、6年ぶりとなる新作長編小説 BOOKSTANDがお届けする「本屋大賞2020」ノミネート全10作の紹介。今回、取り上げるのは横山秀夫著『ノースライト』です。 ******  映画化、テレビドラマ化もされた警察小説『64(ロクヨン)』から実に6年ぶりとなる、横山秀夫の新作『ノースライト』。ファンの皆さんの中には、本書を手にするのを待ちわびていた方も多いのではないでしょうか?  本書の主人公は一級建築士の青瀬稔(あおせ・みのる)、45歳。バブル崩壊とともに仕事を失い、妻とは離婚、一人娘とも一カ月に一度会うだけの関係となり、現在はただ淡々と毎日を生きています。しかし、あるとき吉野という夫妻から「あなた自身が住みたい家を建ててください」という依頼を受けた青瀬は、情熱を傾けて信濃追分に新築の一軒家を設計します。ノースライト(北からの採光)を主役にした独創的な家は、吉野夫妻に感激とともに受け入れられ、「Y邸」として建築雑誌に取り上げられるほど高い評価を受けました。しかし引き渡しから4カ月後、青瀬は「Y邸に誰も住んでいないのではないか」という話を耳にするのです。設計事務所のオーナー・岡嶋とともに現地に赴いた青瀬でしたが、そこに吉野一家の姿はなく、玄関の扉にこじ開けたような痕を見つけます。家の中に入ってみると、家具はほとんどなく、ただ一脚の椅子だけが残されていました......。いったい家族はどこへ、そしてなぜ消えてしまったのか――。  あらすじを見ただけでも、謎に満ちたスリリングな展開で、好奇心をかき立てられますよね。まさに推理作家・横山秀夫の面目躍如といったところですが、本書はこれまでの横山作品とは一線を画しているところがあります。それは「警察小説ではない」という点。  横山秀夫といえば、推理作家であるとともに警察小説の旗手として、これまで『陰の季節』『半落ち』『臨場』といった傑作を生み出してきました。しかし本書の舞台は建築業界であり、主人公も建築士。警察や警察官が登場することもほぼなければ、殺人シーンが描かれることもありません。そういった意味では、思い描いていたミステリー小説とは違うと感じる人もいるかもしれません。けれど、謎を追い求める中で登場人物それぞれの人生が丁寧に描かれ、骨太の人間ドラマが紡ぎ出されるという点においては、本書もこれまでの横山作品と何も変わりがないと言えるのではないでしょうか。  本書は吉野一家の謎を解くとともに、青瀬が所属する事務所が社運を賭けて臨むコンペや、Y邸に残されていたドイツの建築家ブルーノ・タウトの椅子に関するエピソードが盛り込まれ、物語をさらに奥深いものにしています。また、青瀬の半生も回想として随所に出てきます。ダムの工事現場で働く父親に連れられて各地を転々と渡り歩いていた子ども時代、念願の建築士になったもののバブル崩壊とともに崩れ去った家庭生活など、伏線の一部としての機能を果たしているといえるかもしれません。吉野一家の失踪が青瀬自身の過去とつながり、時間が巻き戻されたかのようにカチリと重なり合うラストに、きっと皆さんも胸が熱くなることと思います。そして、「家」を通して「家族とは何か」という問題まで、私たちは考えさせられることになるでしょう。  まさに横山作品の新境地ともいえる『ノースライト』。濃密な人間ドラマと温かな感動を味わいたい方にぜひ読んでいただきたい一作です。

この人と一緒に考える

『タモリ倶楽部』でも紹介! お寺の門前に掲げられた標語を集めた一冊
『タモリ倶楽部』でも紹介! お寺の門前に掲げられた標語を集めた一冊 お寺の門前にある掲示板に掲げられた標語。皆さんもこれまでに目にしたことがあるのではないでしょうか。はっと考えさせられるもの、思わず笑ってしまうもの、あまり意味がわからないもの......。そうした数々の標語の中から印象深いものをセレクトし、一冊にまとめたのが『お寺の掲示板』です。  本書は見開きでひとつの標語を紹介するスタイル。基本的に、掲示板を撮影したカラー写真が右ページに載っており、左ページでその標語にまつわる解説がなされています。著者は浄土真宗本願寺派僧侶である江田智昭さん。......と聞くと、「仏教の専門用語が出てきたりして難解なのかな?」と思う人もいるかもしれません。けれど実際に読んでみると、誰にでもわかる言葉で、これまでにお坊さんたちが考え抜いてきた人生訓や人間関係にまつわるメッセージが書かれていることに気づくでしょう。  ここで本書の標語をいくつかご紹介します。最初に登場するのが、「輝け!お寺の掲示板大賞2018」の大賞作品にも選ばれたという「おまえも死ぬぞ!」という標語。お釈迦さまはこの通りの言葉は残していないものの、「生まれた者が死なないということはありえない」と記しているそうで、著者は"この標語を書かれたご住職は、それをより直接的な物言いにしたのだと思われます"と推測しています。短いながらもインパクトのある標語を突き付けられて、改めて死について思いを巡らせた人も多いに違いありません。  お坊さんのオヤジギャグ的センスに「誰がうまいこと言えと!」と思わずツッコミを入れたくなるようなものも。たとえば「カモン、ベイビー、ゴクラク」という某ヒットソングにかけた標語。この後も"阿弥陀さまのいるcountry C'mon,babyゴクラク 十万憶かなたウェストワード"と続きます。仏教ってちょっと堅苦しいイメージがありますが、阿弥陀様から「カモン」なんて言われると、ずいぶん親近感が持てますね。お寺の掲示板、仏教に関心を持つための窓口的役割も果たしているのかもしれません。  このほか、著名人の言葉が引用されることも多いよう。本書にも樹木希林、タモリ、ビヨンセなどの名言が書かれた掲示板が登場しています。たとえば明石家さんまの有名な言葉に「生きてるだけで丸儲け」というものがありますが、著者は禅の「本来無一物」という言葉を用い、"本当に心豊かな人間は、どんなに小さなことに対しても感謝の気持ちを覚えるもの"だと綴っています。各人の人生観や死生観を仏教的な観点から読み解く解説は、「そうした考え方もできるのか」と皆さんも感銘を受けるのではないでしょうか。  全部で39の標語が集められている本書。今回紹介した以外にも、読めば皆さんの心にヒットするものがきっとあることと思います。「仏教の本」と敬遠せずに、ぜひ気楽な気持ちで手にとってみてください。
伝説のエンジニア・中島聡がメルマガ『週刊 Life is beautiful』創刊 経営者の視点も含めた豊富な情報を発信
伝説のエンジニア・中島聡がメルマガ『週刊 Life is beautiful』創刊 経営者の視点も含めた豊富な情報を発信 中島 聡(なかじま・さとし)さんによるメルマガ『週刊 Life is beautiful』がBOOKSTANDで配信スタートとなりました。「エンジニアのための経営学講座」を中心としたゼミ形式のメルマガで、世界に通用するエンジニアになるためには「今、何を勉強すべきか」「どんな時間の過ごし方をすべきか」といったノウハウが、週1回届けられる予定です。
史実をもとに、文明に虐げられたアイヌ人たちの生きざまを描いた一大巨編
史実をもとに、文明に虐げられたアイヌ人たちの生きざまを描いた一大巨編 BOOKSTANDがお届けする「本屋大賞2020」ノミネート全10作の紹介。今回、取り上げるのは川越宗一著『熱源』です。 ******  第162回 直木賞受賞作品である本書の主人公は、アイヌ民族であるヤヨマネクフ(日本名:山辺安之助)。ヤヨマネクフは、言語学者・金田一京助が『あいぬ物語』に記した実在の人物でもあります。18世紀後半に樺太で生まれますが、開拓使たちに故郷を奪われたため集団移動した北海道で育ち、美しい妻をめとり子どもにも恵まれます。しかし、コレラの流行により妻や多くの仲間を失ってしまい、いつか故郷・樺太へふたたび戻ることを心に誓います。  本書でもう一つの核となるのが、リトアニア生まれの青年、ブロニスワフ・ピウスツキの物語です。ロシアの同化政策により母語であるポーランド語を禁じられた彼は、大学生のときに皇帝の暗殺計画に巻き込まれ、苦役囚として樺太の刑務所に送られることになります。  国によって民族的なアイデンティティを脅かされたヤヨマネクフとブロニスワフは樺太の地で出会い、文化的交流、そして人間的な心のふれあいを深めます。  なんとも胸が熱くなる展開ですが、この二人が出会ったのは、なんと史実なのだそう。本書はフィクションではありますが、ほかにも金田一京助や二葉亭四迷、大隈重信など、実在の人物が登場し、実際にあったとしてもおかしくないと思わせる緻密さで物語が進んでいきます。この壮大な歴史的ロマンも、本書の大きな魅力のひとつではないでしょうか。  そんな中で、本書の根底に流れているのが「弱肉強食」という自然の摂理。近代文明という名のもとに「富国強兵を掲げる帝国主義の日本」と「文化や歴史を虐げられるアイヌ」という対比がひとつの大きなテーマとなっています。  このテーマは、現代社会にも当てはまるかもしれません。日本人として生まれ育った多くの人たちは民族的アイデンティティに悩むことはないかもしれませんが、国籍や宗教、セクシャリティなどにおけるマイノリティへの差別は、私たちの周りにも当たり前のように存在しています。多数派が少数派に優しくない弱肉強食の社会......。多様性やグローバリズムが進む現代でも、私たちはこうした問題に直面しているのです。  今から100年以上昔の時代設定でありながらも、本書が訴えかけてくる重みはたしかな熱量を持って私たちの心を震わせます。北海道、樺太、ロシアという極寒の地を舞台にした骨太な歴史小説である本書は、必読の一冊といえそうです。
【「本屋大賞2020」候補作紹介】『夏物語』――38歳女性の精子提供による出産決意と葛藤を描く『乳と卵』続編
【「本屋大賞2020」候補作紹介】『夏物語』――38歳女性の精子提供による出産決意と葛藤を描く『乳と卵』続編 BOOKSTANDがお届けする「本屋大賞2020」ノミネート全10作の紹介。今回、取り上げるのは川上未映子著『夏物語』です。 ******  第138回芥川賞受賞作『乳と卵』を著者自らがリメイクしつつ、そのスピンオフともいえる新たな物語が誕生しました。  まず、本書に触れる前に『乳と卵』を少しおさらい。語り手「私」の夏子が住む東京・三ノ輪のアパートに、大阪から姉の巻子と12歳の娘の緑子がやってきた3日間の物語です。巻子は豊胸手術を受けることにとりつかれ、緑子は月経への違和感に悩みを抱えています。母と娘の関係、女性という性を受け入れる難しさなど、女性として生きる苦悩を『乳と卵』で描きました。  本書は2部構成で、第1部は『乳と卵』のリメイク、第2部は『乳と卵』の8年後を舞台に、38歳になった夏子視点で物語が展開されます。  1部で姉の巻子が夏子を「小さいころから本をようさん読んでて難しい言葉もよう知ってて、すごく賢かったんやで」「そのうちデビューして、作家になるんやで」と形容していた通り、2部で夏子は33歳のときに文学賞を受賞して小説家デビュー。夏子は三ノ輪から三軒茶屋に引っ越し、エッセイやコラムなどを書きつつ、どうにか生計を立てていました。  夏子はある日、第3者の精子提供による妊娠と出産を経験した女性のインタビューを放送したテレビ番組に釘付けになります。それ以来、パートナーはいないけれど、「自分の子どもに会ってみたい」という思いに駆られ、非配偶者間人工授精(AID)での出産に興味を抱きます。というのも、年齢的な出産リミットへの焦り以上に、彼女には出産のためのセックスという選択肢がなかったのです。その理由は彼女の過去の経験から本書で語られます。  そうした中で出会ったのが、逢沢潤という男性。精子提供によって生まれた彼は、大人になったときにAIDで生まれたことを家族から告げられて以来、実の父親を捜しているというのです。物語では次第に逢沢の苦悩が明かされていきます。  夏子は逢沢との交流を深めるうちに、AIDは特殊なことではないこと、他の親のように父親の存在を黙ったままにはしないなどの決意を新たに、AIDでの出産に思いをはせます。  そんな矢先、過去に性的虐待を受けていた逢沢の恋人・善百合子から「どうしてそんなに子どもを生みたいのか」という根本的な疑問を突き付けられます。夏子は自分でもわからないが、「会いたいと思う気持ちがあった」とあいまいに返答してしまいます。  すると、善は「出産は身勝手な賭け」だと一蹴。子どもを産むということがどういうことか、そしてその覚悟を問いかけます。なぜ、"身勝手な賭け"なのでしょう? そして、夏子が出した結論とは......?  本書が焦点をあてた「生殖倫理」は、日本ではまだまだ法整備が進んでいない実情があります。本書ではAIDを取り巻く制度や関係者の葛藤、女性にとっての出産の意味などが深く掘り下げられています。いま一度、真剣に「命」に向き合ってみませんか?
アウトドア歴40年以上の著者が伝授する「キャンプで役立つTIPS集」
アウトドア歴40年以上の著者が伝授する「キャンプで役立つTIPS集」 すっかりブームと言っても過言ではない「キャンプ」。キャンプをテーマにした漫画やテレビドラマが人気を博したり、芸人さんやタレントさんがキャンプ好きを公言したり。そうした様子を見て、今年こそキャンプデビューしたいと心に誓っている皆さんも多いのではないでしょうか。また、すでにある程度キャンプ慣れしている人は、よりさまざまな場所へ出かけてみたいとうずうずしているところかもしれません。  そんなキャンプに興味を持つすべての皆さんの役に立つのが『キャンプ雑学大全 2020 実用版』。アウトドア歴40年以上という著者の牛田浩一さんが、これまでに培ってきたリアルな知恵の数々をわかりやすく伝授してくれる一冊です。  INDEXを見てみると、【準備編】【設営編】【実践編】【心得編】、さらにその後に【基礎の基礎編】となっており、本書を読めばキャンプに関する知識を一通り得られるでしょう。全部で168個のキャンプ雑学が掲載されており、"はじめてのキャンプは近場から始めるのが理想""キャンプの始めたては普段着の延長でもOK"といったキホンのキから載っていて、初心者でも安心です。  また、"ホットサンドメーカーは小さなフライパンと思え""簡易でも防寒効果は抜群 新聞紙+ラップ=腹巻き"など、キャンプ経験者にとってもプラスアルファで参考になる情報も。それぞれのキャンプレベルに合ったハックを身に着けられることと思います。  このほか、アウトドアといえば自然災害やケガ、トラブルなどもつきものですが、"太い枝やペグが刺さったら絶対に抜かずに医療機関へ""川の中州でのサイト設営は大事故につながる可能性あり"といった雑学も紹介されており、困ったときの「お悩み解決本」として使うこともできそうです。  文章が無駄に長くないのも本書の魅力。1ページに載っているのは、格言形式の言葉とそれに対する簡潔な解説文。より詳しく知りたい人には、ページの下のほうに「チョイ足し知識」として著者のコメントが用意されているというスタイルです。手描きのイラストもところどころに挟まれており、これもシンプルなタッチで情報がすっと入ってきます。  このほか面白いのが、途中に挟まれている「牛田のなんでもNo.1×80Answers」というコーナー。「荷積みに適したクルマNo.1は?」「持っていきたい万能調味料No.1は?」「最適なキャンプ人数No.1は?」といった質問に対して、著者が回答しています。「さすがキャンプのプロ!」な回答の数々は、目からウロコであるとともに今後の参考にしたくなること請け合いです。  このように、読むだけでキャンプ経験値を上げてくれそうな本書。キャンパーの必読本として、皆さんの手元に置いてみてはいかがでしょうか?
【「本屋大賞2020」候補作紹介】『店長がバカすぎて』――書店員として奮闘する主人公に共感し、思わず応援したくなる!
【「本屋大賞2020」候補作紹介】『店長がバカすぎて』――書店員として奮闘する主人公に共感し、思わず応援したくなる! BOOKSTANDがお届けする「本屋大賞2020」ノミネート全10作の紹介。今回、取り上げるのは早見和真著『店長がバカすぎて』です。 ******  デビュー作の『ひゃくはち』、第68回日本推理作家協会賞を受賞した『イノセント・デイズ』、白濱亜嵐さん主演でドラマ化もされた『小説王』など、数々のベストセラーを世に送り出している早見和真さんの新作となるのが本書です。  主人公の谷原京子は28歳、独身。本が何よりも好きな彼女は現在、「武蔵野書店」吉祥寺本店で文芸担当の書店員として働いています。そして、本のタイトルにもなっている「店長」というのが彼女の上司にあたる山本猛(たける)。つかみどころがない「非」敏腕な店長のもとで京子がなんとか毎日をやり過ごせているのは、憧れの先輩書店員・小柳真理の存在があるから。しかしある日突然、小柳が店を辞めることになってしまい......。  新刊の推薦コメント執筆や作家によるサイン会、客からのクレーム対応など、書店の内情を臨場感たっぷりに描いている本書。そのあまりのリアルさに、全国の書店員から驚きや共感の声が沸き上がっているといいます。本や本屋さんが好きな人、書店員の仕事に興味を持っている人には、とても惹きつけられる設定かと思います。  しかし、それにとどまらず、日々葛藤しながら働くすべての人たちにとっても「自分の物語」として読めるのが本書の良さ。軽薄で頼りない上司に振り回されたり、薄給で契約社員という立場に不安を感じたり、次々と降りかかるトラブルに「今度こそ辞めよう」と本気で思ったり......。こうした京子の姿に自分を重ね、感情移入してしまう人はきっと多いに違いありません。  さらにそうした中に、ロマンスや謎解きも含まれているという贅沢さ。京子の恋のゆくえやファンである覆面作家の正体など、最後の1ページまで読者を飽きさせない展開となっています。そして「バカすぎて」とタイトルで罵られている店長が、章を追うごとに魅力的に見え、愛しくすら感じてしまうから不思議です。  抱腹絶倒あり、ドキドキハラハラあり、うるっとくるような感動あり。特にラストの畳みかけるようなどんでん返しは圧巻。早見さんの力量がじゅうぶんに発揮された極上のエンターテインメント小説として、本屋大賞にノミネートされるのも納得の一冊です。

特集special feature

    "ググる"前にすべきことがある!? 面白いアイデアを生み出す「妄想術」
    "ググる"前にすべきことがある!? 面白いアイデアを生み出す「妄想術」 ネットで調べれば大抵のことが簡単に分かる現代。"ググる"という言葉も定着してきました。そんな時代に"ググらない"というタイトルの本が出れば「では、何をするの?」と疑問に思うのではないでしょうか。本書『面白い!を生み出す妄想術 だから僕は、ググらない。』の著者・浅生鴨さんが大切にしているのは、妄想することです。本書は発想法の手引き書かと思いきや、「もっと妄想しましょう」「一緒にこんな妄想をしてみるのはどうですか?」といったことが書かれています。  厳密には、浅生さんはグーグル検索などのネット検索を使用しないわけでありません。ただ、最初の手段ではないと言います。ネット検索よりも妄想に多くの時間を費やしているのです。  妄想の仕方はいくつかあり、浅生さんが実践している方法を、例を挙げながら丁寧に解説しています。擬人化させたものがどんな会話をするか妄想したり、「だから」「しかし」「そこで」などの接続詞を順番に使って延々と物語を紡いだり、ひとつのキーワードをもとにダジャレや言葉遊びをしながら発展させたり。バラエティ豊かで、ページをめくる手を止めて実践したくなるものばかりです。もしかしたら、それが浅生さんの狙いかもしれません。  本書では、"どれほどいいことを考えていても、その考えが頭の中にあるだけで、まだ外に出てきていない状態では、アイデアとは呼べないんじゃないか"と、妄想した内容を外に出す重要性が何度も説かれています。しかし、実践してみると分かるのですが、浅生さんのように次から次へと妄想していくのは意外と難しく、さらにそれをアウトプットしようとすれば、まったく思い通りにいきません。なんとも奥深い妄想の世界。  また、浅生さんは、妄想には十分な知識が必要であるとも指摘します。重要なキーワードを見つけたら、それについて徹底的に調べるのです。名前の由来や同義語、場合によっては専門家に話を聞くといったことまですると言います。そうすることで、妄想できる範囲が広がり、妄想がはかどるというわけです。  浅生さんは本書で何度も「僕にもわからない」という表現を使っています。妄想の展開は妄想している本人でさえ、どこへいくのかわからない意外性があるようです。  面白いアイデアが浮かばずに困っている方は、浅生さん流の妄想術を日常に取り入れてみてはいかがでしょうか。妄想が積み重なることで、ネット検索では出会えないような予想外のアイデアが浮かんでくるかもしれません。
    【「本屋大賞2020」候補作紹介】『線は、僕を描く』――水墨画との出会いで人生が変わった青年の成長物語
    【「本屋大賞2020」候補作紹介】『線は、僕を描く』――水墨画との出会いで人生が変わった青年の成長物語 BOOKSTANDがお届けする「本屋大賞2020」ノミネート全10作の紹介。今回、取り上げるのは砥上裕將(とがみ・ひろまさ)著『線は、僕を描く』です。 ******  本書は講談社の「第59回 メフィスト賞」受賞作。両親を交通事故で亡くし、自らも生きる意味を失った大学生が、水墨画との出会いを通して自分を取り戻す成長の物語です。  大学生の青山霜助(そうすけ)は、展示場のパネル運びのバイト後に、会場で"ある老人"と出会います。チャーミングなあごひげと柔和な表情から「びっくりするくらい親しみやすい」その老人に控室へ通され、なぜか弁当をごちそうされ、箸の持ち方まで褒められるのでした。  老人は会場内を案内し、次々と霜助に水墨画の感想を求めます。中でも霜助が驚いたのは「真っ黒なはずなのに花が真っ赤に見える」バラの絵でした。霜助が熱心にそのバラについて評すると、老人は不意に「弟子入り」を持ちかけます。実は老人の正体は、水墨画家で大物芸術家の篠田湖山(しのだ・こざん)というから驚きです。こうして絵筆を握ったことがない"ド素人"大学生が、水墨画の世界へ飛び込むことになります。  本書では湖山先生から水墨画の解説やその神髄が語られるのも魅力の一つです。例えば、霜助が初めて墨をするシーン。思案しながらまじめにすった墨と、何も考えず力を抜いた墨では、絵の"きらめき"が違ったというエピソードが展開されます。湖山先生は言います。 「粒子だよ。墨の粒子が違うんだ。君の心や気分が墨に反映されているんだ。(中略)自分独りで何かを心を閉ざしている。その強張りや硬さが、所作に現れている」(本書より)  湖山先生は霜助のまじめさについても「悪くないけれど、少なくとも自然じゃない」と指摘。水墨とは神羅万象(しんらばんしょう)を描き出そうとする試みであり、絵師が「自然というものを理解しなくて、どうやって絵を描けるだろう?」と投げかけます。これを機に霜助は戸惑いながらも、水墨画に魅了されていきます。  脇を固める個性的なキャラクターも見逃せません。湖山門下の代表的な絵師で、ガテン系のお兄さんのような少し軽い雰囲気を漂わす西濱湖峰(こほう)、同じく湖山賞を最年少受賞した芥川龍之介似の美男子の斉藤湖栖(こせい)。さらに、自称"親友"を名乗る大学の同級生の古前(こまえ)、同じゼミのしっかり者女子の川岸との交流もユニーク。  特筆すべきは、この物語のカギを握る存在で、近寄りがたい黒髪美女の千瑛(ちあき)。湖山先生の孫である彼女は、霜助の弟子入りが気に入らず、湖山賞の受賞をかけて勝負を仕かけてきます。ライバル同士(?)切磋琢磨していく2人の姿と距離感の変化に注目です。  水墨画が文章から目に浮かぶような表現、そして閉ざされた霜助の心が、線を描くごとに少しずつ開かれる描写は、著者が現役の水墨画家ならではの魅力。多くの読者を物語に惹きつけることでしょう。読後は改めてタイトル『線は、僕を描く』が心に響くはずです。
    恫喝や不倫!? 文豪たちの"どうかしてる"私生活、現代に通じるものがある...
    恫喝や不倫!? 文豪たちの"どうかしてる"私生活、現代に通じるものがある... 芥川龍之介や夏目漱石など、"文豪"と呼ばれる人物の名前や作品を知る人は多いでしょう。最近では、太宰治『走れメロス』の一節「メロスは激怒した」を使った大喜利をSNSで楽しむ人がいたり、文豪をアニメキャラクターにした作品が人気になったりと、身近に感じている人もいるかもしれません。しかし、彼らの私生活や交友関係を知る人は少ないのではないでしょうか。進士素丸さんの著書『文豪どうかしてる逸話集』には、そんな文豪たちの知られざる素顔がまとめられています。  本書は、第一章「太宰治を取り巻くどうかしている文豪たち」、第二章「夏目漱石一門と猫好きな文豪たち」、第三章「紅露時代の几帳面で怒りっぽい文豪たち」、第四章「谷崎潤一郎をめぐる複雑な恋愛をした文豪たち」、第五章「菊池寛を取り巻くちょっとおかしな文豪たち」の五つの交友関係から構成されており、各章で一人ひとりの人物について丁寧に説明しています。味のあるイラストで描かれた相関図やプロフィール、進士さんのくだけた言い回しの解説文が非常に分かりやすいです。  たとえば、お酒に酔うと太宰治によく絡んでいた中原中也は、おろおろする太宰に"「青鯖(あおさば)が空に浮かんだような顔しやがって」と、よくわからない詩人ならではのセンスで罵倒"したそうです。また、泉鏡花は極度の潔癖症で、"豆腐の「腐」の字を見るのも書くのもいやで、「豆府」と書いていた"など、文豪ならではの逸話にクスッとさせられます。  ほかにも、太宰は芥川龍之介を好きすぎるあまり、芥川賞を受賞したくて選考委員・川端康成に"「小鳥と歌い、舞踏を踊るのがそんなに高尚か。刺す」"と恫喝したり、内田百閒は借金することを「錬金術」と呼んだり、谷崎潤一郎は妻の妹に恋したから友人に妻を譲ることに決めたり(のちにすぐ不倫)、読めば読むほど文豪の"どうかしてる"私生活に興味が湧いてきます。  また、こうしたエピソードだけではなく、太宰と中原、漱石と正岡子規の友情にホロリとさせられたり、"結核を患い何度も喀血(かっけつ)していた子規は「血を吐いても鳴き続ける」と言われるホトトギスに自分を重ね、「子規(ホトトギスの漢字表記)の俳号を使い始めます"という、披露したくなるようなマメ知識があったりと、さまざまな逸話が詰まっています。  現代にも通じる問題や恋愛の悩みを抱える文豪の姿を想像すると「素晴らしい功績を残した彼らも私たちと同じなんだな」と親近感を覚えます。本書で彼らの人間味あふれる一面を知れば、作品をより一層楽しめるかもしれません。
    バンクシーとは何者なのか? 正体不明のアーティストの全体像に迫る入門書
    バンクシーとは何者なのか? 正体不明のアーティストの全体像に迫る入門書 世界各地でゲリラ的に出没し、話題をかっさらう正体不明のストリート・アーティスト、バンクシー。名前はテレビやネットで目にするものの、その存在については詳しく知らないという人も多いのではないでしょうか。  また、バンクシーについて多少は知っているという人も、「なぜ正体を明かさないのか?」「誰がバンクシーを支援しているのか?」「一流の芸術家なのか、それとも壮大な詐欺師なのか?」といった疑問には、なかなか明確に答えられないのではないでしょうか。  こうした謎に迫ったバンクシーにまつわるガイドブックの決定版ともいえるのが、『バンクシー アート・テロリスト』です。本書は「はじめに」で、東京の日の出駅付近で見つかったバンクシーの作品かもしれない絵、そして日本メディアでも大きく報道された「シュレッダー事件」を取り上げ、日本とバンクシーとの関わりを紹介しつつ読者の興味を誘います。  そうして、第一章「正体不明の匿名アーティスト」、第二章「故郷ブリストルの反骨精神」、第三章「世界的ストリート・アーティストへの道」、第四章「メディア戦略家」、第五章「バンクシーの源流を辿る」、第六章「チーム・バンクシー」、第七章「表現の自由、民主主義、ストリート・アートの未来」といった章立てで、バンクシーの全体像にさまざまな角度から迫っています。  たとえば、先にも挙げた「バンクシーはなぜ正体不明のまま活動するのか?」という問題。これは第一章に詳しく書かれていますが、一つの端的な答えとしては「グラフィティという行為が多くの国に置いて『犯罪』、あるいは『非合法』と考えられているから」。グラフィティとは壁などに描かれた落書きのことで、あらかじめ許可を与えられた場所や依頼された場所に作品を描く合法的な作家もいますが、バンクシーは「イリーガル(非合法)」の作家。もし身元が特定されてしまったら、過去の仕事のために逮捕されたり、今後の活動が制限されたりする可能性があるというわけです。  とはいえ、正体不明のままに世界を股にかけてこれだけ大規模な活動をするというのはどう考えても難しい。となると、そもそもバンクシーとは一人なのか、彼の活動の支援や広報はどういった人たちがおこなっているのか、といった疑問も出てきて、なおさら「バンクシーの正体とは?」という答えを知りたくなるはずです。そうした謎について本書では、今の時点で世の中に出ている情報から、最大限にわかりやすく、詳しい情報を読者に与えてくれていることと思います。  2020年3月15日から9月27日まで横浜アソビルで「バンクシー展 天才か反逆者か」の開催も予定されており、日本では今後もまだまだ新たなファンを増やしていくであろうバンクシー。ぜひ本書を読んでその全体像に迫り、皆さんなりの解釈を見つけてみてください。
    業界歴20年の葬祭ディレクターが令和時代の新しい葬儀スタイルを提案
    業界歴20年の葬祭ディレクターが令和時代の新しい葬儀スタイルを提案 2009年ごろに生まれたと言われる「終活」という言葉。現在、それなりに広まり定着しているように思われますが、実際に自身の死に際について具体的に考えている人はどれほどいるでしょうか?  「自分自身の葬儀のことについて事前に調査している人は少数派」「私の肌感覚では10%もいらっしゃいません」と言うのは、業界歴20年になる葬祭ディレクターの大森嗣隆さん。現在、日本のお葬式の90%以上が仏式でおこなわれているそうですが、その理由は「お葬式ってそういうもんでしょ」と皆が思い込んでいるからだ、と大森さんは指摘します。読者の皆さんも、そう考えている人が多いのではないでしょうか。  けれど、葬儀にかかる費用は平均200万円。この金額は「周りもそうだから」という理由だけで支払うには高すぎるように思います。こうした「これまでの当たり前」に疑問を投げかけ、令和時代の新しい葬儀を提案しているのが、大森さんの著書『無宗教なのにどうしてお葬式にお坊さんを呼ぶの?』です。  結論から先に紹介すると、大森さんが提唱するのは「お坊さんのいないお葬式」。葬儀業界には長らく「仏式のお葬式」という安定したビジネスモデルがあったといいます。いわゆる、お寺を模した祭壇があり、僧侶が使用する備品があり、儀式の様式に則った式次第があり......といった葬儀プランです。しかし、無宗教の人が圧倒的多数だとされる日本において、「葬儀だけ宗教儀式でおこなうことにいったい何の意味があるのだろうか?」と大森さんは問いかけます。  本書には、大森さんが調査会社に依頼しておこなったアンケートが豊富に掲載されており、その中には「お坊さんを呼ばない無宗教形式の葬儀についてどう思いますか?」という質問があります。アンケート対象者は50代から80代で、40%以上が葬儀参列経験者や喪主経験者だそうで、最初におこなった「お葬式をどの形式で行いたいですか?」という質問に、約68%の人が「従来通りの仏式の葬儀を望む」と回答しました。しかしその後、アンケートを通じてお葬式に関するさまざまな知識を知ってもらい、「ご自身の葬儀をあげてもらうなら、お坊さんを呼んでお経をあげてもらうのではなく、お別れ会形式でしてもらいたいですか?」と尋ねたところ、約62%の人が「お別れ会形式が良い」「できればお別れ会形式が良い」と肯定する結果となったそうです。  つまり、これまでの形骸化されたビジネスモデルや私たちの固定概念から「仏式が当然」と思い込んでいる人が多いものの、「実のところ多くの人が仏式の葬儀に本当はこだわっているわけではない」ということが推測できます。こうしたことも含め、「これからの葬儀はもっと自由であって良い」「新しいお葬式の在り方を望んでいって良い」というのが、大森さんの主張というわけです。本書では、無宗教形式、お別れ会形式、想送式なども紹介されていますので、皆さんもご覧になって新しいスタイルの葬儀について知ってみてください。  身内が亡くなってから葬儀がおこなわれるまでは数日間しかありません。愛する者が亡くなってショックを受けている中、どのような葬儀をおこなうか事細かに伝えられる遺族は少ないでしょう。残される家族のためにも、そしてこの世を去る自身のためにも、「どういったお葬式をしたいか」を事前に考えておくことの大切さについて、本書を読むと改めて感じさせられます。
    著者は元SDN48! 崖っぷちアラサー女子がおじさんとの同居から人生を見つめ直す実録私小説
    著者は元SDN48! 崖っぷちアラサー女子がおじさんとの同居から人生を見つめ直す実録私小説 こちらをドキッとさせるような、センセーショナルなタイトルがつけられた本書『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』。なんともなまめかしい想像をしてしまいそうですが、そのつもりで読むと裏切られることになるかもしれません。タイトルにある「元アイドル」と「赤の他人のおっさん」との間に性的な関係は一切ナシ。本書は、人生に行き詰った崖っぷちアラサー女子が50代男性との同居を通して、自分を見つめ直し、人生を再生させていくという物語なのです。  28歳の春、職なし×彼氏なし×貯金もほとんどなしという"人生が詰んだ"状態になった元アイドルの主人公。心配した姉からルームシェアを薦められ、一般企業に勤める56歳のサラリーマン男性「ササポン」を紹介されます。こうして、ササポンが住む一軒家に引っ越した主人公は、恋人でも家族でもない"おっさん"とひとつ屋根の下で一緒に暮らすことに......。    ササポンは"自然体"という表現がぴったりな人物。会社から帰宅するとステテコに着替え、ソファでテレビを観るのが日常で、ときには主人公と一緒にドラマやニュースを観ることもあります。風呂は共同、互いの食生活や掃除、洗濯には口を出さず、冷蔵庫は自然と上下でスペースを分けて使うように......。主人公とは世代も性別も違うのに、なんとも気兼ねのいらない気楽な存在ではないでしょうか。はたから見れば奇妙な関係性ですが、主人公にとってこの同居生活は安定剤のような役目を果たし、次第に「この特殊な生活の中で自分が変われるかもしれない」という期待まで抱くようになっていきます。  実はこの小説、著者・大木亜希子さんの実録私小説である点も話題を呼んでいるところ。大木さんはアイドルグループ・SDN48に所属していた過去を持つ正真正銘の元アイドルです。だからこそ、若さや美しさに価値を置いていた彼女が30歳を前に焦りを感じ、仕事にやっきになったり、結婚相手候補の男性たちとの「ノルマ飯」に精を出したり、その結果、ある日突然、駅のホームで足が動かなくなるほど精神を病んでしまう姿はとてもリアル。そんな彼女にとって、何かを要求することなく常に自分のそばにいてくれるササポンが必要不可欠な存在になるのは自然なことであり、本書を読んだ女性たちがSNS上で「ササポン量産化希望」との声をあげるのも、けっして不思議なことではないことと思います。  ササポンだけでなく、失恋に苦しむ主人公のライフサポートをしてくれる友人たち、親身になって励ます家族、カウンセリングを担当している精神科医の大熊など、主人公に寄り添ってくれる人たちとのやりとりにも、心がじんわりとあたたまる本書。私たちの生活にササポンのような存在が都合よく現れることはそうそうありませんが、恋愛や仕事、人生に行き詰まったときにどうやって立ち直っていけばよいか、そのヒントがいくつも詰まっている一冊といえそうです。

    カテゴリから探す