レジャーなどの余暇活動に、認知症を予防する可能性があると期待され始めたのは、21世紀に入って「認知予備能仮説」が出てきてからだ。

 簡単に説明しよう。

 アルツハイマー型認知症をはじめとする認知症は、さまざまな原因で脳の神経細胞が壊れていく病気だ。アルツハイマー型認知症では、アミロイドβやタウというたんぱくが脳に蓄積することで、脳血管性認知症では、脳の血管が破れたり、詰まったりすることで、周辺の神経細胞が壊れていき、認知機能が低下する。

 さらに、脳の神経細胞の破壊は、認知症のもの忘れ症状が出る前から始まっていることも、最近になってわかってきた。

「ダメージを受けた神経細胞は、残念ながら元に戻りません。しかし、その部分のネットワークが壊れたとしても、迂回できるネットワークがあれば、失われた機能を補完することができると言われているのです。これが“認知予備能”で、この予備能を作ることが、認知症予防の最大の目的といってもいい。脳を鍛えれば、認知症は怖くないのです」(国際医療福祉大学塩谷病院高齢者総合診療科教授の岩本俊彦医師)

 実際、こんな研究もある。

 アメリカでは聖職者の脳を剖検(亡くなった人の体を解剖して調べること)する大規模な研究が行われている。ある年齢から同じ食事をとり、同じ生活習慣を送る人たちの脳の状態を調べることで、環境による個人差を無視することができるため、認知症など病気の原因を探るには、たいへん有用なのだ。

「その一つが、ラッシュ・アルツハイマー病センター(シカゴ)のデイビッド・ベネットらが実施した聖職者研究です。この研究によると、亡くなる直前まで認知機能が落ちていなかった高齢の聖職者の約4割に、アルツハイマー型認知症であらわれる病変が見つかったのです」(同)

 つまり、症状と脳の状態とは一致しない。これを解くカギとして浮上してきたのが、認知予備能仮説なのだ。

 では、予備能を作るために最適、最強のレジャーは何なのか? 岩本医師は「残念ながら、決まったものはありません。むしろその人に合ったもの、ストレスを感じずに楽しめるものを選ぶことが大事」という。

 脳科学者で諏訪東京理科大学(長野県茅野市)共通教育センター教授の篠原菊紀氏も、認知症予防にレジャーを勧める。その根拠となるのが、自身が実施した次の研究だ。

 篠原氏は“(金を)賭けない・(酒を)飲まない・(タバコを)吸わない”をモットーにする「健康麻将(マージャン)」を実践する日本健康麻将協会の協力のもと、高齢者にマージャンをやってもらい、そのときの脳の状態を測定。そのデータと、過去に調査した千人のデータベースを比較した。

 その結果、「マージャンをしている人の脳年齢は、平均より3歳若い」ことや、「高度な認知機能に関係する“前頭葉”や“角回(かくかい)”などの部位が活性化している」ことが明らかになった。

「マージャンや将棋、チェスなどの勝敗が関係するレジャーでは、先を読む、相手の裏を読むという高度な認知機能が必要になります。それによって、脳のさまざまな部分の活動が高まることが、いくつかの実験で示されています」(篠原氏)

週刊朝日 2014年7月18日号より抜粋