2004年に急逝した中島らもとの、冗談と狂騒の日々をドキュメントふうに綴る。著者は「進め!電波少年」などで知られる放送作家だ。

 1985年、中島が司会のテレビ番組にブレーンとして呼ばれ、打ち合わせも早々に「キミ、飲まれへんのかいな」と言われる。その夜、下戸なのに泥酔し、泊まったのは「ヘルハウス」の別名をもつ中島家だった……。大竹まことらが出演する番組内での伝説のコントや、中島が旗揚げした劇団の稽古風景など、軽妙な話が続く。だが、薬物依存と躁鬱がひどくなる晩年の中島と組んだトークライブの時期は、胃が軋む思いだったにちがいない。

 とりわけ第十九話「キミ、中島らもの名前を利用したかっただけやろう?」は、物静かに怒る中島の顔が目に浮かび、コチラまでシャキッとさせられる。 

週刊朝日 2016年12月23日号