若いころは、親がど忘れして、「ほら、あれだ、あれ」などといっているのを笑っていた。それから30年後、こちらがど忘れの連続である。同世代の友人とおしゃべりしていると「ほら、あれ、えーと」の応酬。トシをとるって、こういうことだったんだ。
 茂木健一郎と羽生善治の『「ほら、あれだよ、あれ」がなくなる本』はタイトルがうまい! 副題は「物忘れしない脳の作り方」。書店で見つけてすぐ買った。
 内容は脳のアンチエイジングをテーマにした講演記録。第1部は茂木が脳科学者として、第2部は羽生が棋士として、脳や記憶力について語り、第3部で対談する。ウケを狙った茂木のジョークはスベり気味で、それがなければページ数は半分ぐらいで済んだんじゃないかと思うが、初老のぼくにはいろいろ得るところがある。
 茂木によると、物忘れは脳の老化によるもの。脳は楽をするとトシをとるのだとか。たとえばど忘れしたとき、ついスマホで検索してしまうが、自力で思い出すようにしたほうがいい。「うーん、なんだっけ」と頑張るのが老化予防。
 脳の大好物はドーパミンで、これが出ると脳の回路は元気に保たれる。ドーパミンは初めてのことやびっくりすることを経験したときによく出る。言い換えると、感動や好奇心。
 新しいことへの挑戦はドーパミンを出すが、ひとつ条件があると茂木はいう。それは「安全基地」があること。失敗してもひどいことにならないという安全網のようなもの。信頼できる家族だったり友人だったり。
 プロ棋士は対局で指した手をたとえ100手でも憶えているが、羽生によると「誰にでもできるとても簡単なこと」。将棋には連続性と法則性があり、そのパターンをつかめばいいのだそうだ。羽生は歌にたとえる。でもその羽生ですら、「たくさんのことを正確に覚えるのが、前よりも難しくなりました」というのだけど。

週刊朝日 2016年2月12日号