病院の中のカフェ。そこは、いたって「普通の」カフェだ。注文を受ければ、それが患者でも医師でも見舞客でも、同じものを同じサービスで提供する。何らかの理由で病院に行かなければならない「普通でない」状況に置かれている人々が、唯一「普通」を取り戻せる場所なのである。
 本書は院内カフェを舞台に、様々な事情を抱えた人々が、それぞれの「普通」を得るまでの過程を丁寧に追う。ある人は根本的な治療法のない病に苦しみ、ある人は家族の介護・看病に翻弄され、ある人は不妊に悩む。「何か」や「誰か」が決定的に悪いわけではないからこそ、完全に解決することもできない。割り切れない日々のなかに、院内カフェは灯火のように「普通」を提供する。徐々に「普通」を取り戻した人々が、やがて自分も、このカフェのように「普通」を提供できる存在になりたいと願う姿が印象的だ。
 物語はクリスマスに向かって終盤を迎える。これからの季節にぴったりの、温かな読後感である。

週刊朝日 2015年10月16日号