2013年9月に惜しまれながら閉店した神戸市の老舗書店「海文堂書店」。閉店までの約10年間勤務していた著者が、お客や店の仲間との思い出をつづった。著者は関西の書店業界では有名人。本屋の棚を写したドキュメンタリー写真集が東京の出版社から刊行されている。
 1914年の創業時のことや阪神・淡路大震災で被災した際のこと、閉店までの経緯などが紹介されているが、やはりお客とのやりとりが面白い。「子どもさん連れたお母さんとかが『さあ、ここでチンしてもらおう』『ピーしてもらおう』とかって言うんだけど。海文堂書店は全部手動だから、打ちながら自分で『ピー』とか言ってました(笑)」。レジ担当だった女性が振り返る。他店が電子化していく中で旧式のレジを最後まで使い続けていた。
 児童書の担当者は、店内でよく注意していた男の子から、街で見かけた際に笑いかけられたのを思い出の一つに語る。会話の多い店だったことがわかる。閉店直前の著者の日記からは、軽妙な中にも悔しさがにじみ出ている。親しまれた書店の「戦記」である。

週刊朝日 2015年9月4日号