東京・茅場町の古びたビルの一室にある、写真集と美術書が専門の古本屋、森岡書店。その主が、モラトリアムを経て神保町で修業し、独立して店を軌道に乗せるまでを綴った。
 大学卒業後、昭和初期の建築に惚れ込んで、電気の差し込み口が壊れてテレビも冷蔵庫もない部屋に暮らした。週3回のアルバイトで糊口をしのぎ、住んでいる建物が高級アパートだった戦前の生活を追体験するため、当時の新聞をコピーしてきて読んだりもした。そんな若者に、神保町の大人はあたたかい。入社した一誠堂で、「わからないことは、わからないと謙虚にいえる姿勢が、より大切。古今東西の本のうち、我々が把握できるのは一%もない」と専務に諭された。「いいか、おまえ、カネなんかじゃないぞ、まじめさ、素直さ、朗らかさ、こういうのが大切だ。受験勉強では身につかないし、いくらカネをつんでも買えない」とは先輩店主の言葉だ。
 独立を決めた後の行動は必死さが伝わり、人間的な魅力にあふれる。かつての万引き未遂犯が店を訪ねて来て、本を買いたいと切り出す場面は微笑ましい。

週刊朝日 2014年5月23日号