国会の答弁に立った総理大臣はぎこちなく原稿を読みはじめた。「我が国はいま、アメリカ発の金融、えーと、金融キキンによる、あー、ミゾユーの危機にジカメンいたしており……」「一部の業界においては大型倒産がハンザツし、製造業においては、ハヤリ労働者切りの問題が……ワカオキしておりまして」
 金融キキンは金融危機、ジカメンは直面、ハンザツは頻発、ハヤリ労働者は派遣労働者、ワカオキは惹起。ミゾユーは説明の必要もないだろう。
 池井戸潤『民王』は今月の文庫新刊。「民主」の間違いではなく「タミオウ」。漢字が読めない首相を主役にした、これはミゾユーの政治エンターテインメントなのである。
 もっとも現実とはちがい、この首相が漢字を読めないのには理由があった。彼は外側こそ民政党総裁の武藤泰山首相だが、中身は出来の悪い大学生である息子の翔。作中でも「くだらない映画みたいに?」と揶揄(やゆ)されているように、これはよくある「入れ替わりモノ」なのだ。
 前任者が2人も立て続けに辞任した後、解散総選挙の管理しか期待されていない武藤首相。授業も受けず遊び暮らしていたとはいえ、政治家になる気はさらさらなく、もっか就活中の翔。2人が国政の場で、あるいは面接試験でどう対処するかが本書の読みどころなのだが、アハハと笑ってばかりもいられない。
 麻生太郎内閣の末期(2009年8月)にウェブ連載がスタートし、鳩山由紀夫内閣の末期(10年5月)に本になり、安倍晋三内閣の参院選直前に文庫になる、このタイミング。この際、現首相の中身も誰かと入れ替わってもらえないだろうか。たとえば夫人の昭恵さんとか。
 首相には「私は原発反対なので非常に心が痛む」「日本発のクリーンエネルギーを海外に売り込んだらもっといい」と語った夫人になっていただく。現首相は韓流ドラマで隣国への理解を深めていただく。ついそう考えたくなるほど、現実の政治が危機にジカメンしてるってことですよ。

週刊朝日 2013年7月5日号