統計資料を使って常識を切りまくる、「自称イタリア生まれ」の覆面学者の新作。今回、物を申すのは「怒らない日本人」について。電車内でマナーの悪い人に遭遇しても見て見ぬふりをする人は少なくないはず。「昔は皆、道徳を持ち合わせていた。ガツンと叱ってくれるおじさんもいた」と嘆く声が聞こえてきそうだが、大正時代の新聞をひもとけば、マナーの悪さを注意できずに投書欄で憂さを晴らしていた人がいかに多いかがわかる。痰やゴミをまき散らすなど今や絶滅危惧種の乗客が幅を利かせていたし、当時から寝たふりをして老人に席を譲らない若者も珍しくなかったのだ。「昔は良かった」幻想を打ち砕き、昔から日本人は見て見ぬふりをしていたという事実を暴く様は痛快だ。
 世間の通説を鮮やかに覆す前作までのスタイルを維持しながらも、本書では自らの体験を踏まえて他者を叱るための実践論を提示して、人に任せるだけでは社会は変わらないと説く。軽妙さを売りとしてきた著者らしからぬ意外なメッセージだけに、妙に説得力がある。

週刊朝日 2013年1月4-11日新春合併号