人気イラストレーター、装丁家にして「本人術師」を名のる南伸坊、65歳。その素顔は、この本の帯をはずしてもらえば写真が載っているからすぐわかる。白髪の短髪、エラが張った立派な下顎、柔和な目。南自身が描く似顔絵どおり、おむすびに目鼻と口がついているような顔である。
 しかし、この顔に本人術が施されるとあら不思議、ダライ・ラマ14世にも松田聖子にもスティーブ・ジョブズにもヨーコ・オノにも似てしまうのだ。他にも、茂木健一郎、櫻井よしこ、ウッディ・アレン、鶴見俊輔、島田紳助、ペ・ヨンジュン、石破茂、ダルビッシュ有、吉本隆明、孫正義、糸井重里、ワンチュク国王、内田裕也、荒木経惟、野田佳彦など、総勢70数名もの著名人「本人」と化した南の顔が一冊に収まっている。
 そもそも本人術とは何か。それは、〈いわば顔をキャンバスにした似顔絵のようなものだ〉と、南はあとがきに書いている。だから、化粧品を使っても化粧をするのではなく、あくまでも自分の顔に自分で絵を描くための道具として用いる。他にはテープやかつらで似顔絵の精度を上げ、卓上スタンド一本という乏しい照明の下、文子夫人が撮る写真によって「本人」は完成する。
 こうして仕上がった「本人」には、これまた「本人」が書きそうな小文が添えられ、笑いを増幅する。中には似ていないものもあるが、それでもつい笑ってしまうのは、こちらの記憶にある「本人」の特徴がそこにあるから。その特徴は、ときに「本人」の気質や本音すら瞬間的に感じさせる力をもっていて、そこを捉えた南の批評眼に感心しつつまた笑ってしまうのだ。
 そして、すべての「本人」たちと向きあって爆笑、苦笑、失笑、微苦笑をくり返した後に感じるのは、体を張ってこんなことをやってしまう65歳の大人が同時代にいる愉快だ。南伸坊は本人術師として国宝にすべきだと、私は真剣に思っている。

週刊朝日 2012年10月19日号