「周囲100キロ以上にわたって誰もいない空間に咲くチョウノスケソウ。これが、はるか昔から繰り返されてきた光景なのだ」(佐藤さん)
「周囲100キロ以上にわたって誰もいない空間に咲くチョウノスケソウ。これが、はるか昔から繰り返されてきた光景なのだ」(佐藤さん)

白川義員さんに感じた情熱と覚悟

 実をいうと、インタビューで会う前から佐藤さんはガッツのある人に違いないと思っていた。経歴を見ると「白川義員氏(※1)の助手を経て」とあったからだ。

「当時、好きだったのが星野道夫さん(※2)と白川先生の作品で、星野さんが亡くなられたので先生に思い切って電話したんです。そうしたら、二十歳そこそこで俺のところに電話してくるなんて、みたいな感じで、『お前の勇気をかうから、いますぐに来い』と言われました。先生の厳しさはうわさではちょっと聞いていましたが、そんなことはないだろうと……。でもやっぱり、うわさどおりの厳しさでしたね」

 白川さんの元で何を学んだのか?

「撮影のテクニック的なことは特にないんですが、被写体への挑み方といいますか、写真家としての姿勢はすごく学びました。情熱と覚悟。自分のすべてを投げ打って、テーマを決めて撮影して、それを伝える。それがたとえお金につながらないにしても、自分のスタイルでやり通す。ほかの人を巻き込んで強引にやるのが白川先生なので、その力はすごいなと。そうじゃないと届かない領域というのが絶対にあると感じましたね」

行ってみたら、当然1年、2年ではカタチにならない

 幼いころ父親に連れられて山に登り始めた佐藤さん。作品で届けたいのは、山で風景を目にしたときに胸を打たれる感覚だという。

「29歳のときに作家活動を始めたんですが、地球や命をテーマに伝えていきたいので、手つかずの自然が残っている撮影地を考えたんです。アラスカのほかにもアフリカ、南極、アイスランド……それと体力、貯金、装備。どういうスタイルであればできるかを考えて、最終的にアラスカを選びました。でも行ってみたら、当然1年、2年ではカタチにならない。最初の数年は行けるだけいろいろな場所に入って視野を広げて、3年目くらいから少しずつ発表して、6年目のいま、ようやく1冊目の写真集を出したところです」

(文・アサヒカメラ 米倉昭仁)

※1 白川義員さんは「地球再発見による人間性回復へ」を象徴する風景を撮り続ける写真家

※2 星野道夫さんはアラスカを舞台に活躍した動物写真家。1996年、ヒグマに襲われて亡くなった

【MEMO】佐藤大史写真展「Belong」
信毎メディアガーデン(長野県松本市中央2-20-2、電話0263-32-1150  https://www.shinmai-mediagarden.jp/)
9月12日~22日に開催。