しかし……痛かった! 麻酔クリームは塗ってもらったものの、あまりの痛さに自分を虐めているようで気持ちが沈んでくる。しかも受付は商社のオフィスのようだったけれど、施術スペースは野戦病院さながらで、30台近いベッドが薄い壁1枚で仕切られて並び、施術者たちがせわしなく動き回っている。まな板の鯉状態の患者たちは、麻酔クリームで顔がぱんぱんにふくらみながら、機械音がピーピー鳴るなかで黙って天井を見上げるしかない。そうすると次第に、「愚行権」という言葉しか頭に浮かばない時間が訪れるのであった。佐藤優さんと対談したときに教えてもらった言葉だが、人間には愚かなこととわかっているが、それでもそれをする自由があるのだ。ええ、私は今まさに愚行権を行使しているのです!と心の中で1人で演説したりする時間が美容皮膚科のベッドの上で訪れるとはね……と、私の心の忙しさは相当なものであった。

 韓国は美容大国という。ご飯を食べていると、隣の席には、「犬神家の一族」のスケキヨさんみたいな女性2人が黙々とタッカンマリを食べていたり(包帯ぐるぐるまいて目しか出てない)、後ろを振り返ると、そこにもスケキヨさんがキムチを食べていたり。目の下にテープをびっしり貼っている、目の下だけスケキヨさんな人もすぐそばにいたり。でも誰も私のようにスケキヨさんに驚いて固まることなく、フツーに振る舞っている。マナーというより、ここではそれが見慣れた風景なのだろう。

「韓国は生きにくい」といって故郷を捨てた友人のことを思い出した。彼女は、韓国にいる間は自分のことを醜いと思っていたと話していた。美の基準が厳しく、画一的で、それから外れた女性たちへのプレッシャーはあまりにも強い、ということだった。でもそれは、整形が大っぴらにできるかどうかの違いで、日本も似たようなものだろう。

 今回の旅で、目の下のクマをレーザーで処置した友人がいた。その病院はあらゆる美容整形に対応していて、待合室では日本語が飛び交っていたという。目の下のクマの処置といっても、医師の手が狂わないように静脈麻酔が必要な手術だったため、友人は1時間ほど麻酔で眠らされていた。彼女が目を覚ますと、壁1枚挟んで隣で寝ていた女性が看護師に日本語で話しているのが耳に入ってきたという。若い声のその女性は、自分が受けた手術の結果を尋ねていて、最後にこう聞いたそうだ。「私はかわいくなりましたか?」。それを聞いた友人は、隣のベッドで思わず涙が溢れてしまったという。

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強迫観念に縛られる女性たち