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 ここでいう無道徳性とは、不道徳(immoral)とは違う概念です。不道徳とは、実際に何か間違ったことをすることです。無道徳性とは、倫理や道徳に対する中立的な態度を意味します。そして、その中立的な態度は、法的な文脈の中に包摂されます。言い換えれば、グローバル化と資本主義の進展に伴い、より頻繁に起こっているのは、ある種の行動について、我々は自分の内なる規範に基づいた統制ができていない、ということです。私たちは規範を基本的に外部委託して、こう言ってしまうのです。「まあ、これは禁止されていないし」または「法的に間違っているとされないから」と。

 しかしご存知のように、私生活や家族、友人その他の人々との関係においては、私たちは、法規だけに従って行動しているわけではありません。私たちは、社会や自らの内なる道徳的感覚がそう求めていると信じることに基づいて行動しているのです。

 この問題は、より広範な商業活動を進めようとする際に問題になります。自己利益を追求するためにそのつど行動する「機械的コミュニティー」とでもいうべき市場社会は、有機的なコミュニティーの一部ではありません。

 さて問題は「どのようにこの2つを組み合わせることができるか」ということです。私は、やや懐疑的だと言わざるを得ません。 

「道徳の外部委託」が生み出す富と、道徳を重視する共同体への回帰とが、根本的にはトレードオフ(一方をとると他方を失う)の関係にあるのです。この根本的なトレードオフは、「道徳を外部委託する条件下でより多くの収入と富を得るか」、あるいは「時代をさかのぼるように、道徳的価値が非常に重要となる、より有機的なコミュニティーへと向かうか」ということです。有機的なコミュニティーでは、労働や資本のグローバル化による国際分業という利点は失われてしまうのです。

ブランコ・ミラノビッチ
経済学者。
1953年生まれ。「エレファントカーブ」のモチーフによって先進国中間層の所得の伸び悩みを指摘し、所得分配と不平等に関する研究で世界的に知られている。世界銀行調査部の主任エコノミストを20年間務めた経験もある。主な著書に、『不平等について』『大不平等』『資本主義だけ残った』(みすず書房)など。