70代女性の話に戻ると、この女性は3年前から患っていた腰部脊柱管狭窄症の腰痛と膝の痛みに対してリリカを内服していました。ある日、右肩の周囲に皮疹が出現しましたが、痛みもなかったため様子を見ていたところ、痒みと痛みが次第に増強し、10日程たった日の夜、ついに痛みを我慢することができなくなり、翌日病院を受診した際に帯状疱疹であることが判明したのでした。

 帯状疱疹とは、水痘帯状疱疹ウイルスの再活性化が原因となる疾患です。疼痛や掻痒感を伴った帯状の水泡が治癒した後も、神経損傷により継続して痛みが生じることがあり、これを帯状疱疹後神経疼痛といいます。85歳以上の約50%が帯状疱疹に罹患するという報告もあり、一般に高齢の患者は帯状疱疹急性痛が重症になりやすいと言われています。

この女性の場合、帯状疱疹の皮疹を自覚していたものの痛みを伴っていませんでした。そのため、病院への受診が遅れてしまい、帯状疱疹の早期治療開始が遅れてしまいました。その背景として、疼痛治療薬であるプレガバリンの内服によって帯状疱疹の痛みがカバーされてしまっていたために、早期の診断が遅れてしまった可能性が考えられます。プレガバリンは、神経障害性疼痛に対して処方される比較的新しい鎮痛剤であり、帯状疱疹発症後の疼痛を緩和することが報告されています。今回の女性のように、腰部脊柱管狭窄症に対してプレガバリンを常用している患者さんにおいては、帯状疱疹の初期の痛みをわかりにくくしてしまうかもしれないのです。

帯状疱疹は、罹患してから72時間以内に治療を開始することが勧められています。帯状疱疹に対する早期治療の開始は、痛みの治療のみならず、皮疹の早期治癒の促進や、帯状疱疹急性痛の軽減、帯状疱疹後神経痛の発症率や重症度を低下させることが報告されているためです。

現時点で、帯状疱疹を予防するにはワクチン接種が最も有効です。グラクソ・スミスクラインが発売したシングリックスという帯状疱疹予防ワクチンの帯状疱疹予防効果は、50歳以上で97%, 70歳以上で90%であったことが報告されています。シングリックスの接種対象年齢は50歳以上であり、計2回の接種が必要であり、2回目は1回目から2カ月あけて接種(遅くとも6カ月後までに接種)する必要があります。

 帯状疱疹は、内科外来でもよく見かける疾患の一つです。加齢などによる免疫力の低下のほかに、ストレスや疲労なども発症のきっかけのなることが指摘されています。リリカを初めとする鎮痛薬を長期間内服している患者さんはもちろん、コロナの流行に伴い、ワクチン接種が以前より身近になった今、多くの方に予防接種を是非とも検討していただきたいと思います。

山本佳奈(やまもと・かな)/1989年生まれ。滋賀県出身。医師。医学博士。2015年滋賀医科大学医学部医学科卒業。2022年東京大学大学院医学系研究科修了。ナビタスクリニック(立川)内科医、よしのぶクリニック(鹿児島)非常勤医師、特定非営利活動法人医療ガバナンス研究所研究員。著書に『貧血大国・日本』(光文社新書)

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山本佳奈

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山本佳奈(やまもと・かな)/1989年生まれ。滋賀県出身。医師。医学博士。2015年滋賀医科大学医学部医学科卒業。2022年東京大学大学院医学系研究科修了。ナビタスクリニック(立川)内科医、よしのぶクリニック(鹿児島)非常勤医師、特定非営利活動法人医療ガバナンス研究所研究員。著書に『貧血大国・日本』(光文社新書)

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