GAKUさん。アトリエにて(写真提供)
GAKUさん。アトリエにて(写真提供)

 川崎市の雑居ビルにある小さなアトリエに入ると、椅子に座ってハンバーガーにかぶりつく青年がいた。バンズを手でちぎってはそばのゴミ箱に捨て、肉をかじる。

【自閉症のGAKUさんが「たいよー」と描いた作品など、ほかの写真はこちら】

 直後、いきなり振り返り、1枚の動物の絵を見て叫んだ。

「タイガー!」

 彼は重度自閉症のGAKUさん(20)。時に1枚の絵が数百万円で売れるアーティストである。その才能が花開いた背景には、ともに歩む父の大きな決断と、偶然の出会いがあった。

 GAKUさんの本名は佐藤楽音(さとう・がくと)という。見た目は髪形も服もおしゃれな今どきの若者という印象だが、3歳のときに重度の自閉症と診断された。

 IQは暫定で25。質問に答えずに走り去ってしまうため、測定不能なのだ。父の典雅さん(50)によると、言葉を発することはほとんどなく「言語能力は幼稚園児以下」。4歳から米国に9年間居住したため、英語と日本語の簡単な単語をたまに口にする。

 自閉症は、落ち着きなく動き回ってしまう状態をいう「多動」や、極端なこだわりの強さなどが特性とされるのだが、GAKUさんも多動の特性が強く、5分としてじっとしていることができない。移動はいつも小走りだ。こだわりも半年ごとくらいに変わる。今は毎日5回のシャワーと、アトリエ近くの喫茶店に手を洗いに行くこと。テーブルに汚れを見つけると、母に拭きつづけるようにせがむのが“マイブーム”である。

父の典雅さん(左)とGAKUさん(写真提供)
父の典雅さん(左)とGAKUさん(写真提供)

 典雅さんによると、通っていた中学の支援学級では時間割り通りの行動は取らず、教室で寝そべったり校舎を飛び出してしまったりすることもあった。あまりにも突拍子もないことをするが、注意したぐらいでは治らなかったという。

「やらないと気がすまないんです。他人に害を与えかねない行為だけは厳しく接してやめさせますが、その他は止めません。止めたとしても、別のこだわりが生まれるだけだと親も学びました。以前はトイレを流し続けたり、書類を大量にシュレッダーにかけ続けたりしたこともありました。幼少期はピザを天井に向けて投げたり、車の中や部屋の真ん中で用を足し続けたりしたこともありましたね」

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國府田英之

國府田英之

1976年生まれ。全国紙の記者を経て2010年からフリーランスに。週刊誌記者やポータルサイトのニュースデスクなどを転々とする。家族の介護で離職し、しばらく無職で過ごしたのち20年秋からAERAdot.記者に。テーマは「社会」。どんなできごとも社会です。

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