乱闘では“別人”に豹変…見た目と違い、意外と「武闘派」だった選手&監督たち

2021/06/12 18:00

 96年6月29日の阪神戦では、カウント1-0から嶋田哲也に3球続けて内角をえぐる球を投げられたことから、四球になったにもかかわらず、マウンドに向かっていこうとし、止めようとした捕手・山田勝彦と壮絶なバトルを繰り広げた。

 山田に顔面を殴られた直後、首投げで地面に叩きつけ、メガネを吹き飛ばしての大立ち回り。2人揃って退場になった。

 プレーイングマネージャー時代の07年4月19日の横浜戦でも、大量リードでの石川雄洋の盗塁に激怒。直後の連続死球が報復と取られて乱闘に発展したばかりでなく、遠藤政隆の危険球退場を宣告した深谷篤球審に「お前、常識持ってんのか?」の暴言を口にして2度目の退場になった。

 師の野村克也監督も現役時代は“ムース”のイメージとはほど遠い本塁上のラフプレーを一度ならず演じており、内面の激しさは師匠譲りか?

 ふだんニコニコと笑みをたやさず、“優しい人”のイメージにもかかわらず、「怒ると怖い」と恐れられたのが、大洋、ヤクルトの監督を務めた関根潤三だ。

 日大三中、法大時代にバッテリーを組み、若いときは硬派で鳴らした根本陸夫ですらも「あいつはインテリヤクザ。絶対に怒らせてはいけない」と一目置いたという。ともに広島でコーチを務めた広岡達朗も「関根さんは怒らせてはいけない」と語っているので、「温厚な人が怒ると怖い」の典型だったようだ。

 最も有名なエピソードは、広島コーチ時代の次の話だ。当時若手だった衣笠祥雄が門限破りをして、深夜の2時過ぎに泥酔して寮に帰ってきた。

 玄関奥の階段に腰かけて衣笠を待っていた関根コーチは、暗闇の中で「サチ、やろうか」と声をかけ、夜が白々と明けるまで素振りをやらせた。衣笠には関根コーチが鬼のように見えたそうだが、この体験が後の“世界の鉄人”を生み出すことになる。

 そんな“絶対怒らせてはいけない人”の逆鱗に触れる事件が起きたのが、ヤクルト監督時代の88年4月14日の中日戦だ。

 11対2とヤクルトが大きくリード。ファンは注目のルーキー・長嶋一茂見たさに、「長嶋を出せ!」と何度もコールした。だが、関根監督は、まだ十分な力のない長嶋を中途半端に起用して、将来に悔いを残したくないと考え、応じなかった。

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ファンに向かって“迫力の一言”

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